ネットサービスのプロフィール欄を空欄にせざるをえない話

yanbe
4 min readFeb 27, 2016

ネットサービスに大抵の場合存在する要素として、ユーザーのプロフィール欄があります。ユーザー名、ユーザーアイコンとともにユーザーページに載せられて、興味や嗜好や所属など、自分が何者であるかフリーテキストで表現することができる、あの欄です。

自分はあの欄がどうも苦手で、最近は空欄にすることが多いです。性格が飽きっぽいのかもしれないけど、何かしらのサービスをしばらく使っていて、ひさしぶりに我が身を振り返ると(俺いまこんなことしてないし、もうここに住んでないし、こういう役割でもないし)となって、今の現実の自分とプロフィール欄に書かれている自分が乖離しすぎていて耐えられなくなるからです。昔の私は思った以上に私ではないし、仮にいま最新の情報を書いても将来的にどこかのタイミングでアップデートしないと現実の自分から乖離するだろうな、と想像できてしまう。

プロフィール欄は一度書いたら自分で見返す機会はそんなに無く、少なくとも自分は無いのだけど、新しくその人をフォローするか検討する人は必ず見る、という非対称性があるデザインが問題なのかもしれない。プロフィール欄が存在する意図はわかるけど、実際に使っていこうとするとそういう不便さがある欄だと思う。

通常の投稿にはタイムスタンプがあるので、そのときはそういう気持ちだったのだろうだと後から見ても分かるけど、プロフィール欄にはそれがない。昨日書かれたものなのか、数年前に書かれてずっと放置されているものなのか、判断する方法がない。

また、プロフィール欄、書いたら書いたで、それに関することしか書いてはいけないような気がしてきて、やはり窮屈さがある。実施あは勝手に自分で窮屈にしているだけなのだけど。例えば、テクノロジー系のことに興味がある風のプロフィール欄のユーザーがいたとして、そういう内容が流れてくることを期待してフォローして、でもその手の内容が流れてくるのはたまたまいいタイミングだったときだけで、普段流れてくるのはお昼や夕飯に食べたものの写真、テレビの話題だったりして、期待と違う結果になることが多いです。たしかに誰でもご飯は食べるし、テレビも多くの人は見るでしょう。

ご飯やテレビは単なる例で、プロフィール欄の内容からかけ離れた内容を投稿している人をdisってるわけではまったくなくて、単にプロフィール欄ってアップデートし続けないとだんだん機能しなくなるよね、ということを言いたい。かくして、(なんでこの人をフォローしてるんだっけ...?)という人々がタイムラインにあふれることになる。こんなはずではなかった。

プロフィール欄は、通常の投稿と違って、ユーザーの検索に使われたり、見やすいところにずっと表示され続けたりするのが問題で、一方でそのユーザーから実際に受ける印象は、その時々で直近で投稿されているものが元になっている(ご飯の話題だったりする)ので、そこに気持ち悪さがあるのだと思う。

自分によほど変わらない何かがあるなら、プロフィール欄にそれを書いたらいいのだろうだけど、それと普段している投稿がどの程度リンクするだろうか。

実際はどれだけ取り繕っても、その時々で投稿されているものがその人だと思った方が自分の心理的なコストが低いし、インターネットで自分の興味や投稿する内容をプロフィール欄の内容と一貫性を持ちつづけるのは窮屈なので、プロフィール欄は空にするし、他人のプロフィール欄もあまり気にせずに、普段投稿されているものがその人だと思うことにしている。大抵のサービスは特に投稿する内容のテーマは決まってなくて、自分で決めてもよいし、決めなくてもよいものなので、もともと何を書いてもいいし、書く内容の傾向が変わってもよい。その辺は各自好きにしたらよい。

あんまりこういう悩みを書いている人を見ないけど、それはインターネットに対する姿勢の違いから来るものなのかもしれない。仮説としては、多くの人は有益な情報が得られるかどうか、という観点ではなく、単にその人が人的に好きだから、とか、知ってる人だから、という理由でフォローしているので、こういうことは問題にならないのかもしれない。知り合いや友達が、どういうことに興味をもったり、どういうことを考えているのかを知るのは、単純に興味深いので。

でも知り合いや友達だけでフォローしあっているインターネットも、自分には大して面白くないもののように思う。それに、友達や知り合いだけでフォローしあってる分にはプロフィール欄はあまり必要ないという話でもある。友達や知り合いより外側に行こうとするためにこういう悩みが出てくるわけで、何とかうまい具合になるといいなあ。

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