【回顧】熱い想いは、どこへ向けられるべきか。

2010年04月12日00:47に、mixiでこんなことを書いていました。

熱意というのはそれぞれのベクトルに向かってあるわけですね。
▼誰がradikoを殺すのか。 
http://www.organnova.com/?p=1265
非公式のiPhoneアプリがでてから、早々に対応がありましてiPhoneアプリでは 
radikoが聴けなくなったわけです。まぁ予想通りだなぁと言う感じでしたけども。
それぞれの立場だけで主張を繰り返すようでは、結局何も変わらない。 
皆さん(という心ない誰か)が批判してる自民と民主のやりあいとそう大差ない気がするわけ。
熱意を向けるべきは、誰かに向けてではなく制度そのものに向かわなければ。
iPhoneアプリが出てくるにはまだ早すぎるってことなんだよ。うん。 
公式のもじきにでるでしょうから、まぁ我慢して待ったらいいんじゃないかなー。 
待った方がありがたみも増えるってもんよ。うん。

それからすでに6年以上経過し、radikoはタイムフリーという
大きな武器をもち、地上波ラジオの新たな価値を見出していると
僕は感じています。

乗り越えるべき問題は多くあれど、新しい武器や力は誰もみたことがない
領域にこそ存在するのだな、ということを改めておもうのでした。

攻め続けなきゃ。

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