8月15日に想う。「終戦記念日」ではなく、『平和記念日』と呼びたい

平和のマーク ※image by

よくぞ決断したと言われる玉音放送、諦め・決断が遅かったと言われるポツダム宣言受諾…いろんな見解・考え方があるけど、細かな行動の歴史・日付はおいておいても、8月15日をただの“終戦記念日”に留めるのではなく、『平和(への前進)記念日』と呼びたい。

元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏の今の日本へのメッセージ。
賛否両論はあるものの野党共闘を実現したSEALDsの活動。
三宅洋平さんの参院選でのひとつひとつの言葉や想いの拡がり。
その選挙フェスの壇上に上がった奥田愛基くんや創価学会の人たちの叫び。
小池新都知事誕生時の政党に依存しない選挙。
安倍首相ご夫人昭恵さんが個人的に高江に訪れたこと。

どれも新しい社会を築こうとするうねりを感じたのは僕だけではないだろう。

誰でも「平和になりたいか?」と聞かれれば、ほぼ満場一致で「はい!」とか「Yes!」とか「Si!」とか「ヤーマン!」と答えるだろう(と願いたい)。
ただそこへの歩み方、表現の方法が各々銘々てんでんばらばらなだけ。

それらを画一的に縛ることはまた新しい争いを増やすだけ

多様性を理解し合い、お互いの声に耳を傾け対話し、共感し合うこと。それでしか本当の意味で“心の握手”はできないし、平和への道は進められないだろう。

どこかの政治家が言った。「集団的自衛権とは、机の上で握手して、机の下でもう一方の手で握りこぶしをつくることだと」。(自民党員だとは容易に想像できるだろう。)

でもそれって結局、目の前の現状を調整しただけに過ぎず、根本から戦争を防止することではない。いつでも戦える(まぁ守れる)準備はできてますよってことだから。

日本を取り巻くアメリカ、中国、ロシア、北朝鮮、韓国を代表として、外交のバランスを取るためには必要な握手(契約)や準備も必要だとは思う。ただ、そのシステムだけに囚われていては平和への扉は一向に開かないのではないだろうか。
もっとも、軍需産業(War Business)に加担するなんてもってのほかだ。


既に200年以上前に、イマヌエル・カントが『永遠平和のために』という本で書いている。ただ(詳細は割愛するが)カントは性悪説で人間を捉えていると思う。
つまり、人間はそもそも生まれもって争い合う生き物だというところから思考を始める。そして、それを防ぐための条項を組み立てた。

でも僕は蔑まれようが、性善説を信じたい。人類誰しも争いなんて望んでいないんだ。

(キリスト教によると)バビロンの塔を築いた人類に神が驚異を感じ、言語や国境が切り分けられるようになったと。

そこから民族や宗教、文化が異なり、ちょっとずつ塵も積もれば山となるですれ違いが大きくなってきた。
でもその“キャズム”を一気に超えるときが、今訪れたように感じる。

こんなことを言うと、ほれ「理想論だ!」やれ「きれいごとだ!」と言う人たちが出てくるが、そういう方々にはこう言いたい。

「ほら、あなたも認めているじゃないですか!それは“理想な論”であり“きれいなこと”なんですよ。だから、それを信じ言い続ける人、行動し続ける人が必要なんだ。」と。

すべては“共感”と“参加”。つまり人と人、人と自然の関係性。それに尽きる。

地球平和の輪=“Hey輪” ※image by

もともと、ひとりでできないことを家族で、家族でできないことを近所と、近所でできないことを村で、村でもできないことを國で…と築き上げてきたシステムこそ“政治”であったはずだ。

つまり、政治とは“生活そのもの”であり、“生きて活きること”なんだ。(ちょっとダジャレだが、)『政治=せいじ=生事=生きる事』なんだと思う。(オシャレでしょ笑)

それを自分自治でできるなら政治なんてなくてもいいかもしれない。でも、人類は狩猟から農耕社会へと選択し、貯蓄と生産管理によりムラをつくった。そこから人々は長い歴史の中でずっと、“みんな(少なくとも自分のムラの人たち)が幸せになるためにはどんな仕組みにすれば良いか”を必死に考えてきた。
歴史を振り返ると、奴隷制度、封建制度、帝国主義、独裁政権、資本主義、共産主義、社会主義、民主主義…など、その仕組みづくりの試行錯誤の軌跡だとも見れる。

(誰かひとりが富や名声を独り占めしたいがために、奪い合いをしてきたシステム、人間の欲深さを物語ってるとも言えるが…)

人類が誕生して20〜50万年?、農耕が始まって約1万年?、日本人と言う概念が生まれたのは約140年前?(1871年に戸籍法ができ73年の太政官布告で異なる国籍同士での結婚において男性の国籍に入る制度ができてからという説)※それぞれ諸説あり
〜閑話休題〜
で、未だ成功法を見い出せていないのだ。もしかしたら、これからもできないのかもしれない。多様な人たちが共生するという途方もない世界だから。

だからこそ、現代の状況や思想に合わせて政治を柔軟に変化させ、“幸せに”生き延びていかなければならない。(誤解を恐れず言わせてもらうと、生きることが絶対条件ではないけど)

そして、どうせ生きるのであれば、人類みんなで平和を目指そうぜって話。何万年?の歴史でもういい加減懲りたでしょ。。もう気づいてるでしょ、武力によって平和や調和は絶対に生まれないって。

人は歴史や先人から学ばなければいけない。

だからこそ、政治をネグレクト(敬遠)せず当事者意識を持って(グランドへ下りる!舞台へ上がる!)“参加”する。
そして、お互いの考えや違いを認め合い“共感”する。

その積み重ねでしか、平和という目的地へはたどり着けない。

大リーグ通算3000本安打という偉業を成し遂げたイチローさんも言っていた。「小さな一歩の積み重ねでしか遠くへは行けない」と。


さぁ皆さんも一緒にその道をしっかり手をつないで同じ歩幅で歩みませんか?
ともに活動してくれる仲間はいつでも募集しています。

少々長く(暑苦しく…苦笑)なりましたが、これを以って8月15日の平和への願い、黙祷と代えさせていただきます。

“Be the change you want to see in the world.” — Mahatma Gandhi
(あなたが見たいと思う変化に、あなた自身がなりなさい)

それでは、
Love & Laugh & Peace!!

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.