バニラ生産の歴史

ジュンク堂で適当な本を手にとって読んでいたところ、その中の一冊に『馬を飛ばそう 』という本があった。

最近バズワード化しているIoTという言葉を最初に提唱したケヴィン・アシュトン氏が書いた本で、偉大なアイデアというのは天才の閃きではなく地道な努力や改善で生まれている、といった主旨の本だ。

その中でバニラ生産の歴史が書かれてあり、とても興味深かった。バニラ生産の歴史において最も重要なのがインド洋のレユニオン島という島であり、19世紀にそこで奴隷となっていたエドモン少年である。

そもそもバニラというのは存在が奇跡といわれるくらい栽培が難しい。ランの仲間ではあるが、家庭で育てる観賞用のランよりもだいぶ大きくなる匍匐植物だ。

バニラはその独特な香りにより中世時代からヨーロッパ中の王族を魅了したが、メキシコ以外で育てられた例はなかった。ヨーロッパに持ち込まれたバニラの株はどうしても花をつけなかったのだ。

その原因は野生環境でバニラを受粉させているメキシコの昆虫であったが、そうだと推定したのはかの有名なチャールズ・ダーウィンであり、さらにその昆虫がエウグロッサ・ビリジッシマだと確認されたのは20世紀後半になってからだ。

しかし19世紀の段階で、ヨーロッパ中で盛り上がるバニラ需要を満たすためには、メキシコ以外での供給が必須であった。当然のようにスペインやオランダといった列強は植民地で栽培を試すものの全く成果が上がらない。

こうしたなか、ある日当然レユニオン島のプランテーションでバニラに緑色の実が2つになっていることが確認された。

プランテーションの領主であるフェレオルがその原因を探っていたところ、奴隷として雇っていたエドモン少年のある行為が理由だと判明する。

その行為とは、バニラの花弁をうしろに引っ張り、自家受粉をできなくさせている部位を竹でできた爪楊枝のようなもので押し上げてから、雄しべと雌しべをつまんでくっつけたのであった。この手法は現在もフランス語では「ル・ジエスト・デドモン(エドモンの動作)」という言葉になっているらしい。

エドモン少年が様々な方法を試した結果なのか、それとも単なる偶然なのかは分からない。だが今日も美味しいアイスクリームやコーラ、さらには香水といった日常品を日常品として使えているのはエドモン少年の功績なのかもしれない。

普段バニラについて深く考えたことはなかったが、意外と面白い歴史があるもんだなぁ。

他の身の回りの商品や製品についてもいろいろと調べてみたくなった。