実在する「限界費用ゼロ電気」の世界

前回の記事では、限界費用ゼロの電気とはどういうことか、ジェレミー・リフキンの著書「限界費用ゼロ社会」も参考にしながら整理しました。

今回は、電気が限界費用ゼロとなり、リフキンが言う「無料で潤沢なエネルギー」が入手できる世界に近い地域を現実世界の中から探し、その特徴を見ていきます。無料で潤沢なエネルギーが入手できる世界の姿のヒントになるのではないかと思いました。

実在する「限界費用ゼロ電気の地域」

今回見ていくのは北米の中で水力発電資源に恵まれている地域です。前回の記事で見たように、水力発電は膨大な設備投資がかかりますが、太陽光発電や風力発電と同様、燃料費がかからないために、その運用費は設備投資と比べ充分小さく、限界費用ゼロとみなせます。一般的に水力発電の電気の平準化費用(LCOE, Levelized Cost of Energy=ライフサイクルでの総費用をライフサイクルでの発電量で割ったもの)も低く(International Renewable Energy Agencyが発行した「Renewable Power Generation Costs in 2019」によると、2019年で4.7¢)、無料ではないものの、エネルギーコストが低い世界を考えるには充分と考えます。

こういった地域は世界中で他にもありますが、ライフスタイルの水準が日本と似ているという点、私自身がカナダに住んでおり馴染みがあるという点で北米を選びました。

カナダ・ケベック州の電力会社Hydro Quebecが公開したレポート「2020 Comparison of Electricity Prices in Major North American Cities」によると、北米の都市の中で最も家庭用の電気代が安い都市は以下のようになっています。(1位の地域の電力会社が作成したレポートなので何かバイアスがかかっているようにも感じましたが)

限界費用ゼロのエネルギーに関する整理

「限界費用ゼロのエネルギー」という概念をときどき耳にしますが、この概念に関して整理をしてみたいと思います。なお、ここでは限界費用ゼロを実現するのは太陽光発電などの再生可能エネルギーであると想定し、議論を電気に限定します。

※12/3全編を通して修正を加えました。

限界費用とは

まず、限界費用とは経済学の用語で「1単位生産を追加したときに発生する総費用の増加分」ということです。経済学の教科書では、限界費用は増加すると説明されています。これは、大量生産によりコストを下げる「規模の経済」という現象に反し、「あれ?」と思いますが、経済学の教科書では、短期的かつ一定の生産設備下という条件だそうです(ここは、現実を鑑みると違和感ありますが、本題ではないため、議論しません)。

それでは、電気の限界費用とは何でしょうか。

限界費用とは、すでに投資した設備を想定し、1単位追加で生産するときにかかる追加の費用のことでした。電気に当てはめると、1kWhを追加で発電するときの追加費用と考えてよいと思います。

なぜ再生可能エネルギーで限界費用ゼロとなるのか

火力発電であれば、1kWh追加で発電するときには、必ず燃料を必要とします。燃料はタダではないので、1kWh追加で発電するときには燃料費がかかります。ところが、太陽光発電や風力発電は一度発電設備を建設した後は燃料がかからないため、(その設備容量の中で発電する場合には)限界費用はゼロとなります。

正確には、太陽光発電や風力発電もO&M(オペレーションとメンテナンス)を必要としますので、限界費用はゼロにはなりません。ただ、O&M費用は設備投資に比べて十分小さく、ゼロと見なして問題ないということです。

限界費用ゼロのエネルギーは新しいか

発電費用を資本費(設備投資)と運用費(O&M)に分けると、太陽光発電はこのうちの運用費がゼロに近いため、限界費用ゼロを達成できるということでした。それでは、このような費用構造は発電において全く新しいかというと、そうではありません。

水力発電が似たような費用構造となります。すなわち、莫大な設備投資がかかりますが、燃料費がかからないために運用費は設備投資に比べ十分小さく、限界費用ゼロと見なせます。IRENA(International Renewable Energy Agency)が発行した「Renewable Power Generation Costs in 2019」p99によると、毎年のO&Mは設備投資の1–4%であり、十分小さいことが分かります。

リフキンの「無料で潤沢なエネルギー」

ここから議論に移ります。ジェレミー・リフキンの著書「限界費用ゼロ社会」が「限界費用ゼロのエネルギー」という概念の普及に大きく影響したと考えており、リフキンの著書を参照します。

同書には「無料のエネルギー」という項があり、将来、再生可能エネルギーの普及とともにエネルギーの価格(費用ではなく、価格)がゼロに近い水準まで下がり、人類が潤沢(でクリーン)なエネルギーを利用できる未来が示唆されています。ここでは、概念整理を行いながら、そのような未来が来るか、考えてみたいと思います。

限界費用ゼロであれば電気はタダになるか

まず、限界費用がゼロになったからといって、発電事業者は電気をタダで提供できるわけではありません。なぜなら、発電事業者は売電収入により設備投資を回収する必要があるためです。発電事業者は売電収入により、ファイナンスした初期投資に必要な資金を返済するため、売電収入をとりっぱぐれのないようにするはずです。手持ち資金で発電所を建設する場合は、資金の返済はありませんが、投資回収の必要性は変わりません。

ただし、例外はある可能性はあります。発電事業者が非営利であり、発電所の投資回収が完了した後にその発電所で発電した電気をタダ(またはO&M費用のみ回収するためタダに近い価格)で供給できる可能性は否定できません。特に、発電事業者が共同組合であり、出資者がその地域の需要家の場合、電気をタダで提供するインセンティブが働きやすいのではないでしょうか。

単なる費用構造の特徴による限界費用ゼロだけでは特殊な場合(上記の共同組合など)を除き電気代タダは実現するとは限りません。実際、発電の費用構造に由来する限界費用ゼロだけで無料のエネルギーが実現するのであれば、古い水力発電所の電気はタダ同然で供給されることになりますが、現状はそうなっていません(水力は火力と比べると安いですが)。リフキンの「無料で潤沢なエネルギー」実現の根拠は別のところにありそうです。

IT・インターネット分野と再エネの類似点①指数関数的な性能・容量増加

リフキンは、IT・インターネットの分野で過去に演算能力、ハードディスクの記憶容量、光ネットワークを伝わるデータ量などが指数関数的に増加し、情報共有や演算費用の限界費用がゼロに近づいたことを指摘し、さらには、IT・インターネットの分野と再生可能エネルギーの分野の類似点を次のとおり2つ挙げています。

第一に、再生可能エネルギー技術のエネルギー採取能力は、太陽光発電と風力発電で指数関数的に増加しており、地熱発電、バイオマス発電、水力発電もそれに続く見通しだ。

ジェレミー・リフキン.限界費用ゼロ社会<モノのインターネット>と共有型経済の台頭(Kindleの位置№2044–2045).Kindle版.

「再生可能エネルギー技術のエネルギー採取能力」を評価する指標のひとつとして、設備利用率を挙げたいと思います。通常、設備利用率は年間の発電データから以下の通り計算されます。

設備利用率=(年間発電電力量[kWh])/(定格発電容量[kW]×8760[h])

ここで8760という数字は24[h/日]×365[日/年]です。発電機器の効率が上がったり、停止している時間が短くなれば設備利用率も上がります。また、設備利用率は太陽の日射量や風況など自然の要因による制約も織り込んだ値です。実際に、IRENAの前掲資料で太陽光発電の設備利用率が上昇した主な要因は、技術の向上ではなく、日照条件のよい地域に太陽光発電設備が設置されるようになったことによると説明があります。

IRENA前掲資料「Renewable Power Generation Costs in 2019」によると、太陽光発電、陸上風力、洋上風力の設備利用率は2010年から2019年で次のように推移しています。

第五回 エネルギー・ブロックチェーン入門

第4回の記事では、再生可能エネルギー(以降「再エネ」)のトレーサビリティに関して、その背景、仕組み、世界の制度、EWF(Energy Web Foundation)の取り組みの概要を紹介しました。今回の第5回の記事ではEWFの会員企業による事例を紹介します。

************** 目次 ****** …

EW-DOSで実現する再エネトレーサビリティー(1)

第2回の記事では、EWFの応用事例の概観および、ターゲット領域の1つとなっている分散型エネルギーリソース(DER)を活用した系統運用の事例を紹介しました。大量のDERを系統運用のために利活用するために必要な技術コンポーネントのデジタルアイデンティティに関して第3回の記事で説明しました。第4回の今回で …

EW-DOSのユースケース概観と事例紹介

第1回の記事では、EWF (Energy Web Foundation)の組織やEWFが提供するデジタル基盤(インフラ)のEW-DOSの概要について説明した後、Public型とPermission型のブロックチェーンについて説明しました。第2回の今回は、EW-DOSの応用事例の概観を示し、その中でも太陽光 …

Global cases of application of blockchain/DLT technology in the energy sector

How I listed those companies…

Application of blockchain technology in the energy sector is expanding. I will categorize them in seven and list them below.

  • “Blockchain” is used to mean distributed ledger technology (DLT) for convenience in this article.
  • The names of leading organization(s) are listed. Wherever appropriate, project names are listed (e.g. Share&Charge). Partner…

エネルギー分野でのブロックチェーンの事例

事例リストアップのルール

  • 分散型台帳技術を便宜的に「ブロックチェーン」と記載します。
  • (変更)基本的には開発や事業を主導する、またはその他の顕著な取り組みを見せている組織を記載しますが、プロジェクト名を記載した方が適当と判断された場合はプロジェクト名を記載します。(例:Share & Charge)また、開発を主導している会社のパートナーの会社は、独自色が強くない限り記載しま …

Will blockchain disrupt energy industry?

“Blockchain is a disruptive technology.” “Blockchain disrupts financial industry.” We hear those phrases a lot, but is this true? In this article, I will discuss if blockchain technology disrupts energy industry.

What is “disruptive”?

To begin with, I would like to confirm the meaning of “disruptive” in the context of innovation. This is…

TEとP2P電力取引の親和性

前回のトランザクティブエネルギー(1)の記事では、 バラガー&カザレットのTransactive Energy: A Sustainable Business and Regulatory Model for Electricityの第1章の内容をまとめました。

P2P電力取引の課題(再掲)

今回はブロックチェーン技術を使ったpeer-to-peer(P2P)取引の話題に戻り、トランザクティブエネルギーの観点から考察を加えます。ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その3)「需要家間取引システムと既存の情報システムの連携」およびブロックチェーン技術の電力取引への応用(その4)「P2P電力取引と法制度」で書きましたが、P2P電力取引の技術的な大きな課題の一つは、需給管理および課金請求のために既存の電力情報システムと連携が必要であることと考えます。

P2P電力取引と既存システムの連携、およびその前提

まずP2Pと既存システムの連携の問題をもう一度見ていきます。前提としては、ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その1)「電力ネットワークの分散化とは何を意味するか」に書いた通り、DERが普及した世界でも、従来の中央集中型のアーキテクチャーの一部にDERおよびその情報システム(取引等のための電力情報システム)が併存する形を想定します。

繰り返しとなりますが、DER(特に太陽光発電の余剰電力)からの供給だけでは到底全需要を満たすことができず、DERを使った取引システムは従来のシステムと併存にならざるを得ないと考えます。しつこいようですが、日経エネルギーNEXT記事の図3みずほ銀行資料の図表6日本ユニシス作成の図などにある、取引形態が中央集中型から分散型に変わるという図(以下に例を図示)は、取引される余剰電力「のみ」の話であり、議論としては限定的と言わざるを得ません。実際は、太陽光からの電力供給が行われないときもあるので二本立てで考えざるを得ません。P2P取引システムが従来のシステムとどのように連携するべきかの検討は必須だと考えます。

Yasuhiko Ogushi 大串 康彦

Business development of energy technologies | blockchain | utility | energy storage | H2 + fuel cells | renewables | int‘l business; yasuhiko.ogushi@gmail.com

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