ニュースレターの静かな革命

Yasuhiro Sasaki
8 min readMay 20, 2019

Lobsterrからの転載です。

良質な思考に良質な情報は不可欠。

ベネディクト・エヴァンスというテック業界のThought Leader(思想的リーダー)のニュースレターをずっと前から購読している。毎週月曜、彼のニュースレターが届く。SNSを閉じ、日々のニュースや出来事に対して彼が添える、ささやかな文脈に触れると、自分の視座の広がりと理解の深まりを感じる。

その他にも、いくつか面白いニュースレターを購読している。アンドリュー・チェンのニュースレターもテック業界の革新的ビジネスモデルについて深い理解を与えてくれる。まだ購読を始めたばかりだが、スコット・ギャロウェイのそれも素晴らしい。週に1回か月に数回、メールの受信箱に届くニュースレターというメディアは、それぞれの書き手のキャラクターが滲み出て、不思議な親密さを与えてくれる。聡明な友達にときどき会って話を聴くようで、そのリズムとインタラクションが非常に心地良い。

反対に、FacebookやTwitterでは、あらゆる方向からニュースやアップデートが流れてくる。PV至上主義に陥ったメディアや個人による、キャッチータイトルと浅薄な内容が組み合わさったコンテンツに溢れている。そこでは、多いことや速いことが価値だ。FOMO(Fear of Missing Out=取り残されることへの恐れ)に訴えかけ、ニュースはもはやノイズと化している。

そんななか、ニュースレターは、深くて、遅くて、静かで、意味がある思考を与えてくれる。個人的には、ニュースレターを読むことは、ヨガをすること、あるいはソファに座って考え事をしたり、海辺に行って景色をじっと眺めたりするモードの延長にある。「良質な思考に触れている」という自信に溢れ、JOMO(Joy of Missing Out=追いすぎないことの喜び)を感じさせてくれる。

Lobsterrを始めてからの数カ月の間、さまざまなキーパーソンたちがニュースレターが始めており、新しいメディアの実験として、このフォーマットを選んだのは間違いではなかったかもしれない、と思うことが増えてきた。

元『Recode』編集長のダン・フロマーは、ニュースレターのパブリケーション『The New Consumer』を開始。年間200ドルで購読でき、週2回のペースで届く「Executive Briefing」がコアプロダクトだ。ニュースというより、「そこから何が読み取れるか」というインサイトを重視している。さらに大手メディアにおいても、読者の新たなエンゲージメントを獲得する手法としてニュースレターを始める動きが活発だ。『Fast Company』は「Compass」という新たなニュースレターをスタート。「ただのリンクのかき集めや特報ニュースのニュースレターとは一線を画し、トピックについての深い分析を通じ、読者の理解を深め、新たな視座を与える」とする。『ニューヨーク・タイムズ』も育児についてのニュースレターを開始している。

こうしたニュースレターの創刊ラッシュは、先週のoutlookでも書いた通り、「Time Well Spent(有意義な時間)」の流れを受けたものなのだろう。もう少しアンテナを広げると、ニュースレターというフォーマットに限らず、ニュースのノイズ化に対して「スロージャーナリズム」というキーワードを標榜する企業が、メディアの新しいかたちを模索するための実験を次々と始めているのがわかる。

例えば、『Tortoise Media』というイギリスのメディアは、どんなに騒がしい日でも1日に5個までしか記事を配信しない。「際限のないニュースフィードの解毒剤」と自らを形容する。Kickstarterで大きな支持を集め、約6,000万円を調達。加えて、8人の投資家から資金を調達したばかりの新興メディアだ。コペンハーゲンの『Zetland』に至っては、記事の配信は1日2つだけ。平日の早朝5時にメールが届く。こうすることで、読者は新しいニュースを求めて何度もサイトを訪れなくて済む。さらにすべてのコンテンツが、書き手の個人的なメモと一緒に、音声フォーマットでも配信される。デンマーク語のため理解はできないが、『Zetland』のコンテンツからは記者個人のキャラクターと価値観が見え隠れする感じがしてならない。

この流れに乗ったメディアを挙げると、ドイツの『Krautreporter』、スイスの『Republik』、イタリアの『Il Salto』、フィンランドの『Long Play』、オランダの『De Correspondent』など枚挙に暇がないが、ここではもうひとつ例を挙げよう。今年始まったばかりのニューヨークを拠点にする『The Slowdown』というメディアだ。このメディアのディスクリプションは、そのままコピーしてLobsterrのAboutページに載せたいと思うくらい、素晴らしいステートメントになっている。

We believe stories — like food — should not be flash-fried and “binged.” They should, instead, be made carefully, thoroughly enjoyed, and feed the heart and the mind. Positioning conversation over presentation and questions over comments, we distill and synthesize fractured ideas, fuel creativity, and inspire wonder.

ストーリーは、さっと表面をなぞったり、ハマらせるようなものであってはならない。ストーリは、丁寧につくられ、満遍なく楽しむことができ、心と頭を豊かにするものでなければならない。プレゼンテーションよりカンバセーションを、コメントより質問を大切に扱おう。わたしたちは、バラバラのアイデアを統合し、創造性に火をつけ、知りたいと思う気持ちを喚起する。

こうしたメディアの共通点は、基本的に広告モデルではなく、有料のサブスクリプションをベースにしているという点。読者との距離感が非常に近いのもこうしたメディアの特徴で、読者と積極的に意見を交わし、イベントも行っている。

ニュースレターに話を戻して、そのビジネスモデルにも目を向けると、こうしたスロージャーナリズムのメディアと同様にサブスクリプションが基本となる。

ここ数カ月で、SubtrackやPatreon、Revueといった、ニュースレター専用のプラットフォームが登場している。こうしたプラットフォームでは、課金や購読者管理のツールが提供されており、ニュースレターを発行したい人は、ただコンテンツをつくるだけでいい。Subtrackは毎月40%ユーザを増やし、Patreonも2017〜2018年にかけてユーザー数が倍になった。そして、こうしたプラットフォームを通じて提供される有料ニュースレターは、文章を書く人にとっては、経済的に自立するための方法としての地位を確立しつつある。十分な広告収入を得るには何十万人、何百万人にコンテンツを読んでもらう必要があるブログと比べて、ニュースレターで生計を立てるために必要な読者ははるかに少ない。月に1,000円払ってくれる読者を1,000人集めることができれば、十分な収入になる。Subtrackのトップ12人の稼ぎ頭の平均のレベニューは、年間1,600万円以上だ。

こうした収入の真のメリットは、ライターたちに、本当に書きたいことに注力できる余力を与えることだろう。『ボストン・グローブ』紙の記者だったルーク・オニールは、ある記事についてちょっとした騒動を起こしたあとに同紙を辞め、自身で新しくニュースレターを始めている。このように強烈な個性と意見をもつ記者からさまざまなオルタナティブなメディアが生まれれば、言論の多様化、健全化に繋がるはずだ。

街のオーガニックストアが、イオンやセブンイレブンにはどう足掻いても勝てないように、スローメディアが主流になることはないかもしれない。それでも、『De Correspondent』を紹介したこの記事のタイトルに表現されている通り、メディア企業だけでなく、ニュースの受け取り手であるわたしたち自身も、さまざまな視点に触れながら、個々の現象から構造を読み解き、事実を深く読み解く目を肥やしていく責任があるように思う。その力は、親指でタイムラインをスクロールしているだけでは身につかないものだ。

フェイクニュースの問題は、拡散している側だけでなく、受け取る側も責任を負っている。読者のリテラシーが上がれば、メディアのレベルはさらに上がっていくはずだ。そして、新たなメディアの実験が始まり、社会全体の知性と感性が底上げされるという好循環が生まれていくのだろう。

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Yasuhiro Sasaki

Founder of Lobsterr https://www.lobsterr.co/. Director, Business Designer at Takram. Opinions are my own. Twitter @yasuhirosasaki