D2Cユニコーン初の上場 Casper S-1を読む

Yasuhiro Sasaki
Project ARCH
Published in
10 min readJan 12, 2020
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1598674/000104746920000166/a2240404zs-1.htm

CasperがIPOに向けてS-1を提出しました。

Warby ParkerやAway、Glossierなど多くのD2C企業がユニコーン化し、いくつかの企業は創業して10年近く経とうとしているのにも関わらず、D2C企業で上場した会社がない状態が長らく続いてきました。

D2Cはエグジットできるのか、いくつかの会社が売りに出ている、という噂もあった中で、Casperの上場はD2C業界全体にとって非常に大きなニュースです。S-1が公開され、これまで断片的な情報によってしか得ることのできなかった情報を構造的に把握することができる状況になりました。

以下、ポイントをかいつまんで挙げていこうかと思います。なお、Casperは拙著『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』でもかなりの紙面を割いて説明をしています。

🛌「我々はスリープ・エコノミーの旗手である」

自分たちはマットレスの企業ではなく、ウェルネスの会社である、というのはCasperが何度も強調していることです。これまで、食事・サプリなど栄養関連のビジネスとフィットネス系のビジネスがウェルネスの市場の大半を占めていましたが、栄養・フィットネスに加えて睡眠の3つがウェルネス市場の大きな柱である、というのCasperの見立てです。そしてその睡眠市場は、2019–2024年の間にグローバルでは$432B→$585B (CAGR 6.8%)、アメリカでは$79B→$95(CAGR 3.6%)と急速に伸びていくマーケットです。

上記のように、その”スリープ・エコノミー”は、ベッド、マットレスだけでなく、パジャマ、枕、ライト、睡眠カウンセリング、サプリ、デバイス、ペットなど多様なプロダクト・サービスを包含するものです。

Casperは地理的には、北米とヨーロッパの一部でしか展開していません。また、上記の”スリープ・エコノミー”のリストのうちベッドやマットレスを中心に提供しているため、今後成長の余地は非常に大きい、というのがS-1の至る所で言及されています。

そしてこれは①消費者が睡眠の重要性に気づき始めていること、②良質な睡眠への投資を惜しまなくなっていること、③睡眠関連商品の購買サイクルが短くなっていること、という3つの大きなトレンドによってもサポートされています。

🛒 店舗の高いパフォーマンス

Casperは現在、アメリカとカナダで60店舗を運営。オープン後一年以上経った店舗は全て黒字化しています。1平方フィートあたりの年間売上高は約$1,600。2014年の数字でだいぶ古いものの、全カテゴリーのランキングではコーチを超え6位という、非常に高い水準となっていることがわかります。

https://www.forbes.com/sites/barbarathau/2014/05/20/apple-and-the-other-most-successful-retail-stores-by-sales-per-square-foot/#937552f2339e

また、店舗を出店した街の売上成長率は、そうでない都市の2倍とのことでリアル店舗の効果が実証されています。消費者の平均滞在時間は25分(ホント?)。

また、AOV(平均購入金額)は、EC含む全体平均を左、店舗平均を右とすると以下のような推移となっており、店舗のパフォーマンスの良さが際立ちます。

2017年 $583 / $437

2018年 $686 / $720

2019年 $710 / $820

LTVの数字は見当たりませんでしたが、店舗経由の顧客のLTVはWeb経由の顧客のLTVより何倍も高い、というのもよく言われていることです。なお、店舗の投下資金の回収期間は18–24ヶ月とのこと。

📺 積極的なマーケティング投資

Casperは積極的にTV広告も展開しています。SNS広告なども含めたマーケティング費用の総額は、2016年1月から2019年9月の45ヶ月で$422m(約450億円)に上ります。その結果、アメリカでのブランド認知度は31%まで上昇し、総計490億ものメディアインプレッション、NPS60、SNSでは同一カテゴリーでの50%ものシェア(2位企業の2倍)、という結果に繋がっています。

🚗 リーダーシップチームにはTeslaやIDEO出身者も

Google、Amazonなどテック出身の人材、IDEOなどデザイン(思考)出身、Kate Spade、Ralph Laurenなどファッションブランド出身、Wayfairなど小売出身、Teslaなどのハードウェア出身などハイレベルで多様な出自を持つエグゼクティブを揃えています。また、Sleep Advisory Boardには、医師や研究者などを揃え、科学的・専門的知見を収集できる体制を作っています。

🎡 ホイール型カスタマージャーニー

マットレスの購買サイクルは長いです。顧客は、購買検討のWebサイトを訪問し、店舗を訪問し店員とコミュニケーションし、レビューサイトを閲覧し、カスタマーサポートに相談します。こうしたカスタマージャーニー全体をサポートできるよう、Caspserは想定し得る顧客タッチポイント全てへの投資を進めつつ、それらがシームレスに結合できるよう、さまざまな取組を進めています。拙著『D2C』でもカスタマージャーニーはファネル型からホイール型に変わっていく、と書きましたがここでもホイール型で表現されています。

そして、認知→購入のプロセスの後、デリバリーやオンボーディングも含めてしっかり考え抜かれています。Post-Purchase(購入後)の体験で特徴を出す、という現代的なブランドの体験構築の原則をしっかり踏襲しています。

💻 データ

D2C型でビジネスを展開していると、Webページ閲覧、店舗の顧客行動のアナリティクス、SNSのエンゲージメント、アプリ、POS、配送やリテールのパートナーからの共有データなど多種多様なデータが収集できます。インハウスのデータサイエンティストやアナリストが中心となり、Casperは独自のデータモデル、アルゴリズムを構築。こうしたデータを元に店舗開発、プロダクト開発、WebやSNSのチューニングの土台となる分析を行います。また、こうしたデータはマーケティング戦略の中核的役割を担い、さまざまな実験モデルを通して消費者とのコミュニケーションを最適化していきます。

👆 グロース戦略

ここは特に目を引くことは書いていませんが一応あげておきます。

①ブランド認知度向上を通じた新規顧客獲得。ブランド認知度がまだ31%。これを上げることでさらに顧客獲得につながる。

②D2C型店舗の展開とリテールパートナシップの展開。現在60店舗を展開しているが、これを200店舗まで展開する予定。もちろんオンラインプレゼンスの向上にも取り組む。また、現在Amazon、コストコ、ターゲットなど18のリテールパートナーと契約を結んでいる。

③新規プロダクト・サービスの展開。Casper LabsというR&D部隊が積極的に新規テクノロジーをリサーチ。トラベル、乳幼児、ペットなど多様なユースケースで使用できるプロダクトの開発も進めている。

さきほど店舗の項でAOVが上昇している、と書きましたが、近年、枕や寝室用のランプ、ペット用のベッドなど、買換えサイクルの長いマットレスへの依存を下げるための施策が効いているのだと思います。一方、海外のメディアでは、大量のプロダクト新規投入とAOV上昇が比例していない、との指摘も見られます。

💰 この1年度低成長に?エコノミクス

売上は$169M(2016)→ $251M(2017)→ $358(2018)とざっくり年間約50%成長。最新の数字は9ヶ月間の数字の比較ですが、$260(2018)→ $312M(2019)と成長率が20%にまで下がっているのは気になるところ。

なお原価率は約50%。マーケティング費用は売上の約36.5%。アドミン費用は約34%。「エコノミクスがよくない」という意見も聞こえています。なお、リピート率(初回購入後9ヶ月で再度Casperのプロダクトを購入してくれた率)は20%となっています。この数字が低いのどうかは分からないので、数値感覚を持っている方に教えて頂きたいです。

🔮 Casperの今後

冒頭に書いた通り、マットレスの会社ではない、スリープ・エコノミーのビジネスなのである、というのは何度も強調されています。S-1を見る限るでは、サプリメントや睡眠カウンセリングなど、サブスクリプション型でリピート率もや高く原価比率の低いものをスタートしていくと思います。

話は変わりますが、近年のテック系企業のIPO後のパフォーマンスを見ると、ピュアなテック企業の方がパフォーマンスが高く、リアル世界で使うアセットのマッチングを行うUberなどのマーケットプレイス型ビジネスやPelotonなどハードウェアを扱う企業のパフォーマンスは低くなっています。Casperは事業定義で言えばリストの右側。そして指数関数的成長に陰りを見せる中、上場後にどのような姿になっていくのかが非常に楽しみです。

長いS-1を読み進めていたら、最後の方にこんなメッセージが。そろそろ昼寝をします😴。

注:画像はForbesの記事以外のものは全て、Casper S-1から転載しています。

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Yasuhiro Sasaki
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Founder of Lobsterr https://www.lobsterr.co/. Director, Business Designer at Takram. Opinions are my own. Twitter @yasuhirosasaki