パーフェクトであり続けねばならない日本は損している(その2)

さて本題に戻ります。

私は前述通り、プリンタやコピヤの開発をしていた元エンジニアです。
 もちろん、すべてのものが出荷されたわけではありません。
 中には出荷せずにプロジェクトが頓挫したVaporwareというのもあります。
 これは悲しかったです(笑)

ピョートルさんのツイートに戻ります

「パーフェクト」である必要はどこにあるか?

有名な話を一つ例題に持ち出します。
 iPhoneとiTunesの話です。

Napsterというのを憶えてらっしゃる方もいるでしょう。
 知らない方々へ:これは元祖MP3方式を利用して音楽をネットでP2P無料配布した組織です。
 もちろん多くのレコード会社からも訴えられました。
 それも約20年前です。
 後に大手が買い取りそれをビジネスモデルにしましたが、頓挫。
 売却し続けられて今は存在しませんが、MP3を利用したビジネスモデルは今も健在。

YouTubeもiTunes Storeもその派生とも言えるでしょう。
 iTunesはiPodを利用して音楽を再生するもの。
 進化し続けて画像や映像にも進化しました。
 今では、そのiPodすら見かけられなくなりました。

さて、このiPhone/iPodですが、日本企業が色々と技術を持っていましたが法的クリアできないので整備されるまで待ち続けていたと言います。
 Appleは見切り発車しました。
 あとから何とでもなるだろうと。

もちろんAppleもありとあらゆるところから訴えられました。
 iTunes Storeをはじめたことによってレノン・マッカートニーがビートルズのレコードを販売するためのアップル・レコード社からも。

こちらを見ていただければわかる:Apple vs. Apple

ソニーもパナソニックもみんな似たものを出したがっていたのは事実です。
 とくにソニーはウォークマンがまだまだ売れている時代でした。
 そこにデジタル音楽をどう取り込むかを模索していたと聞いてます。
 技術的にはクリアしていました。
 たぶん、あの当時アップルより先に出していたら今のiPodが存在しなかったかもと。
 それだけ世の中はソニーに期待していたかと思います。

どっちにしても、今はiPodは現状あるのみのものしか存在しません。
 AppleもiPodを表から消しました。

しかし、このiPod革命、iPhoneに発展、通信できるようになりました。
 今までNokia系のSymbian OS系統のケータイOSが消えました。
 Androidも出てきました。
 BlackberryもWinMobileも現れたり消えたりしました。

ビジネスに於いて常に「パーフェクト」である必要があるか?

いや、ないんです。

OSの世界を見てください。
 ソフトウエアで解決できるならどんどん不完全なものを提供して(もちろん命に関わる問題があるものはきちんと処理せねばなりませんが)、市場で修正をかければいいんです。

日本のメーカは常にハード重視で設計しています。
 悪いわけではありません。
 しかし、私がエンジニアとして第一線で商品開発をしていたころから(20年以上前)すでに「コンテンツ」だぞって言われてました。
 今では「コンテキスト」だよと言われてしまいますが。
 コンテンツを見るには長すぎる場合、「文脈」である「コンテキスト」が重要になります。

さて、この「パーフェクト」理論について「その1」で書きましたが日本企業が損をしているのは、どうしても出荷前に欠陥品を出してはならないという職人気質の人たちが多いからとも感じてます。
 もちろん、職人芸も必要です。

しかし、市場で軌道修正できるものがいくらでもあるのに何故対応しないのか?
 さらにイヤな経験で0.1円を削って、大量リコールも味わい、さらにそこで事業も吹っ飛んでしまうことすら。
 工場とはそういうものですと言わんばかりかとも感じます。

私は以前、富士通のHDD Zeboが使われているPCを4台買いました。
 軒並みにHDDが壊れました。
 まさかHDDで信頼していた富士通が・・・0.1円のチップコンデンサーをケチったから劣化して買って数年で同時軒並みに壊れました。
 こういう代替えができないものはケチると大変な目に遭います。
 しかし、ソフトの変更でなんとかなるものは多いです。

AppleはiPhone/iPodのバージョンアップを幾度も繰り返しています。
 市場でなんとか対応(それも半強制的に)しようと。
 飛行機や自動車も実際はソフトウェアのバージョンアップがされています。
 何故家電ができないのか?
 もちろん飛行機や自動車は念入りチェックされて市場に出ますが、常時バージョンアップされています。
 パーツも定期的に交換されてもいます。

プリンタやコピヤなどのオフィス製品には電源がついてます。
 それがないと動かないですよね。
 VCCI基準として、電波ノイズ発生(EMC)に対しては家電ではFCC Part 15 Class B、オフィスでは大きいものはClass A(もっとゆるい基準)を取らざるを得ないのです。
 VCCIはあくまでも日本で電気製品を扱うための電波ノイズに対する自主規制です。VはVoluntarilyの意味です。
 しかし、電源に関してはUL規格があります。Underwriters Laboratoryというものです。
 これは命にかかわる規格なので(漏電や感電に対する業界基準規格)外すことはできません。

しかし、関係ないコピー枚数設定機能(50枚までしかできないところを99枚までに可能にするとか)を必要に応じて市場でファームウェアをアップデートすればいいのに、完璧な答えを待たねば開発すら進まない状況の日本メーカでした。
 そして、出荷時期(納期)は決まっていても、設計詳細が決まらず、そして、挙句の果て、50枚きちんとコピーできたかとか49枚だったか51枚だったか、更にプリンタやコピヤの場合などは強制的にジャムらせて最終的に印刷は50枚だったのか、コピーカウンタは49だったか51だったかで議論をいつまでもしている世界でした。

いや、そんなの目くじら立てる必要ないんじゃない?って思うことがしばしば。
 そしてエンジニアはデスマーチに突入。

損をしている日本企業はピョートルさんが書かれているようにメリット・システムではなく、デメリット・システムを導入しているから、スタッフは都合が悪いことは隠すようになります。
 誰得?と思うと誰も得をしていないのが日本企業だったり。

デスマーチで一番困るのは最前線にいるスタッフです。
 働き方改革どころではないんですね。

減点方式なんです。
 だから捕まらないようにしていきます。
 そして、会議を重ねてみんなで合意し責任所在が不明な形にして行く。
 いち担当者、それも平社員が責任を取れるわけではありませんが、なんでも下に押し付けるようになります。
 すると会社そのものの風通しが悪くなります。

失敗はすぐに報告し傷口が浅いうちに対処させたいけど、上から叱られることを恐れて隠してしまう。
 そして、誰しも仕事は完璧にできるものだと信じ込んでいるのが日本流。
 だからこそ、妥協も許容もない社会を作っているとも言えるでしょう。

PDCAを早く回せと言っても、PDCAそのものが時代にそぐわなくなってきています。
 目標を定めたら臨機応変にDCAを繰り返せば済むこともあります。
 しかし、最初の一歩が踏み切れない。
 そして終わり(落とし所)を「パーフェクト」にしておかないとクレーム対応のことを考えると踏み出せない。

なぜだろうと・・・

そこには日本人の職人気質が残っているのかではと。
 そして市場での恐れを。
 電車1分遅れたら次の電車に間に合わない状況を常に作っている人が大勢いらっしゃるから。

そこには「信頼」という言葉が常にあるから


Originally published at YEY News Site.