教育は幼いころから始める

日本では「三つ子の魂百まで」と言うことわざがある。
 これは「幼いころに形成された性格は大人になっても変わらない」と言う意味だそうだ。
 普段は幼いころの記憶は大人になっても残るように使われていますが、実際は性格形成のことです。
 ここで言うには「鉄は熱いうちに打て」と言う方が妥当かと。
 まだ伸びる年齢にどんどん鍛えて心身ともに鋼(ハガネ)を作り上げると言うやりかたを。

そう言うことで、開成学園中学高等学校の校長である柳澤幸雄校長のお話を記者会見を通じて日本外国特派員協会で伺うことができました。

まず、教育に必要なのは3つの柱。
 理解、修正、想像であると。
 Understand、Fix、Create。

子どもたちを育てるに、知識は必要。
 そしてその知識を子どもたちが得たら、修正と使い方を教えることによって、創造物が出来上がる。
 日本では一方通行の教育であり、どんなによいものがあっても物を言わなくなる仕組みになっている。
 日本だけではなく、アジアの教育がその感じであると。
 それは、デメリットシステムで構築されているからだと。
 本来ならゼロからスタートし、発言が多く、参加が多いほど特典を得る仕組みであれば、アメリカみたいに、より良いものが生まれるはずだが、日本では出る杭は打たれる状態なので積極性がない社会になってしまっている。

しかし、開成学園はそうではない。
 イベントはすべて学校が主体で企画しているのではなく、体育祭すら子どもたちがルールを作って運営し、先生たちは単なる観客であるようになっている。

残念ながら開成学園の良さはみんな学校を卒用し大学へ入り、社会人になると、長いものには巻かれろ体制で物を言わなくなる人達が多いが、それはそれで自由を与えた子どもたちの選択肢の中であり、尊重すると。

では、会社運営にどう影響するか?
 この子どもたちが実際に東大を卒業して官僚にならなく、自分たちで事業を始めたらどうなるか。
 この子たちはすでに自分たちで企画し運営する能力を子供のうちに身についている。
 そして、褒めて育てる(自分たちも褒めて育てられたのを知っている)ことが出来るであろうと。

さて、葬祭業に於いてはどうか?
 実は葬祭業も変わりつつある。

今までは斎場が武器であったかのようにそれが今では重荷の時代。
 葬儀単価は一方的に下がる時代だが、一部はそうではない。
 自由を知っていた大人が今度は社会の制限の中で商売をする。
 この制限は誰もが法で作ったものではなく、競合が増えたり、社会そのもののパラダイムシフトにて出来た制限だ。

まさしく、開成学園みたいなところで教育を受けた人なら水平思考で切り抜けるかと思う。
 ネット営業もあれば、電話営業、ローラー作戦の訪問営業もあるが一つに絞ると、滑り出したときに止まらぬ。
 営業の3つの柱も釣りと同様に餌を投げて(撒き餌を撒いて)、釣り針を動かし、動かし方に変化を加える必要がある。
 どんなビジネスも同様だが、知識の質と量の両方を持って挑む必要がある。

今日の話を聞いていて集客には歳月と今期と投稿数が必要だと。
 まして、葬儀ビジネスはたった今、会員になったからと言っても、その場で仕事に繋がるものではない。
 教育と同じに時間と根気が必要ではないか。


Originally published at YEY News Site.