「イノベーションのジレンマと錬金術士」
『イノベーション・オブ・ライフ』という著書をご存じだろうか。もはや経営戦略の古典といってもいい『イノベーションのジレンマ』を記したクレイトン・クリステンセン教授が、ハーバード・ビジネススクールの卒業生向けにおこなった講義を書籍化したものだ。
「イノベーションのジレンマ」とは、企業が起こすべきイノベーションが、企業社内の事業・組織構造が足かせとなって、実現することができないという「ジレンマ」を描いた作品だが、同様のことが個人のキャリアでも再現されているという。
動機を溶かすジレンマ
それは、本来〇〇がやりたいということで、その夢の実現のために、ファーストキャリアを選択した個人が、ファーストキャリアによってつくられた生活水準を維持していくため、もしくは社会的地位やプライドを捨てきれないために、はじめに抱いていた夢を諦めざるを得ないという「ジレンマ」があるということだ。
そして、その結末としてのキャリア選択は、“不幸”だとクリステンセン教授は語る。
なぜなら、人の満足を決定するのは、年収や社会的な地位といった「環境衛生」要因ではなく、夢や、自己の成長実感といった「内的動機」が要因になるからだという。つまり、いくら年収があがったところで、それは「キャリアに不満がない」というだけで、「キャリアに満足している」という状態には、至れないということだ。
このようなことは、日頃でも感じることだ。例えば下記の通りだ。最初は、途上国にビジネスで貢献しようとして企業に入った。しかし、配属の都合で、現在のビジネスでは、上記の夢は実現できない。そこで、転職しようとするのだが、能力面では転職できるにも関わらず、現在の年収がなければ生活が維持できないために転職をあきらめる。
夢を見ることが好きな状況から外れる
こんな場面に出くわすと、いつも『アルケミスト―夢を旅した少年』という1冊の本を思い出す。
羊飼いだった少年が、夢のお告げによりピラミッドを目指すという話なのだが、旅の途中で、メッカにいくためにクリスタル売りをしている商人に少年が尋ねるシーンがある。
「ではどうして今、メッカに行かないのですか?」と少年がたずねた。
「メッカのことを思うことが、わしを生きながらえさせてくれるから、
そのおかげでわしは、まったく同じ毎日をくり返していられるのだよ。
・・・もしわしの夢が実現してしまったら、これから生きてゆく理由が、
なくなってしまうのではないかとこわいんだよ。・・・
実現したら、それが自分をがっかりさせるんじゃないかと心配なんだ。
だから、わしは夢を見るほうが好きなのさ」
後に少年は、一人の師匠(錬金術士)と出会い、人間として成熟していく。少年がピラミッドに向かう途中、悶々とした日々を過ごしているなか、師匠が少年に語りかけるシーンが印象的だ。
僕の心は、傷つくのを恐れています」ある晩、月のない空を眺めているとき、少年は錬金術師に言った。
「傷つくのを恐れることは実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を探求しているときは、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が・・・永遠との出会いだからだ」
「僕が真剣に自分の宝物を探しているとき、毎日が輝いている。それは、一瞬一瞬が宝物を見つけるという夢の一部だと知っているからだ。本気で宝物を探しているときには、僕はその途中でたくさんのものを発見した。それは、羊飼いには不可能だと思えることに挑戦する勇気がなかったらならば、決して発見することができなかったものだった。」
さて、ピラミッドはどこにあるのだろうか。