D&D, 版間戦争と第5版への道のり

D&D第5版の日本展開がようやく開始されますので, この版がどういうものなのか, ビジネス面の背景を中心にHobby Japan社の日本公式等が扱わないだろうポジティブもネガティブも含んだ解説をします。やや長大になりますがお付き合いヨロシク。所謂「よくわかる本」より良く解る記事を目指しますけど果たしてどうかしらね。


話はD&DがWizards of the Coast/HasbroによるD&D第3版に移行し, その運営が軌道に乗っていた2002年頃に遡ります。Wizards社が継続していた事業のひとつにRPG雑誌, Dragon誌とDungeon誌の刊行がありました。Wizards社はその権利を保持したままその編集業務部を独立させ, 新設したPaizo社に委託するという形に改めます。これは3版時代のコアルールやキャンペーンブック等, 利潤の望めるサプリメントのみWizards社自社刊行とし, その他はOpen Gaming Licenseというライセンス形態を通して業界の他の小規模な出版社に任せるという方針が背景にありました。本体事業のスリム化というやつです。例えば第3版時代のDragonlanceは小説シリーズ本体とキャンペーン本1冊のみWizards社が刊行, モンスター本等はSovereign Press(オリジナル作者のマーガレット・ワイスの会社)が出していました。

2008年にWizards社は当時まだ製品寿命が尽きていないと目されていたD&D第3.5版をやや性急にディスコンとし, D&Dを第4版へと移行させます。これは当時ブームの絶頂を迎え成熟したジャンルとなっていたMMORPGが若年層に対して持つ請求力に危機感を覚え, テーブルトップRPG業界からもMMO世代に馴染みやすいシステムを出すべきという考えが背景にあったと言われています。システムもタクティカルな側面が強調されたものとなったと言われますがその詳細は割愛します。

第4版のコアルール第一弾, 『プレイヤーズハンドブック(PHB)』はAmazon通販等を中心に非常によく売れましたが, この製品は過去のPHBのようにライトなプレイヤーならばそれ一冊だけ持っていればひとまずOKという構成にはなっておらず, 結果的に不評を呼びました。(Barbarianクラスは翌年出版の『PHB2』, Monkクラスは『PHB3』に収録など)

またここで2008年という時代状況を思い出して貰いたいんですが, その前年にはサブプライムローンの破綻, 同年にはリーマンショックがありアメリカを中心に世界経済は下降, そのドン底にありました。この時期に強気な価格設定のハードカバールールを何冊も買わせるシステムを仕掛けたWizards社は不幸でした。

実際, 毎月何かしらのハードカバー本が刊行されるスケジュールと, かつての版では1冊であったものも数冊に分冊されるなどした形態が完全に裏目に出ました。例えばゲーム内のドラゴンの解説本『Draconomicon』は2分冊, 宇宙観を解説した『Manual of the Planes』には『Planes Above』『Planes Below』と2冊の続刊がつくなどしたのは「D&D本なら何冊あっても困らん!トコトンまででも買うぜ!」というガチなファンにとっては寧ろ天国だったのかも知れませんが一般には歓迎されませんでした。


ほぼ同時にWizards社は, (これは3版時代の“Living Greyhawk”というイベントにその源流があると思うんですけど) Adventure Leagueという制度を設けます。各地域の公認ゲームマスターが各ゲームショップで毎週決まった曜日に設ける小規模なレギュレーションゲーム(“D&D Encounters”)にふらりと寄り, 2時間程度遊ぶというようなカジュアルなスタイルがここで提案されました。これは現在の日本でも開催されています。

また, Dragon誌とDungeon誌については物理フォーマットでの刊行を廃止し, D&D Insiderという(MMOのサブスクリプションのような)オンライン媒体での有料情報発信へと切り替えられ, 両誌のデジタル版がその中に含まれるという形になりました。同時にPaizo社から編集業務が引き揚げられます。

余談ですが, D&D Insiderには当初からオンラインセッション支援ソフト(“D&D Virtual Table”)が組み込まれ運営されるという旨がアナウンスされ, 私自身が第4版PHBを初読した時には「成程! こういうタクティカルで重いシステムをセッション支援ソフト併用でガンガン回せという事か! これは確かに新しいな…」という感慨を持った事を記憶しています。(おいちゃんの若い時分には『アドバンスト・ウィザードリィRPG』というものがあってだな…いや忘れてくれ何でもない) しかしこのソフト, 開発が難航し何時まで経っても実装されることはなく後の2012年にひっそりと開発中止が発表されました。

さて, Paizo社は困りました。社の中核事業をいきなり引き揚げられた上, 自前で展開していた3.5版のキャンペーン素材も残っていたからです。ここで前述の3.5版の終息がやや性急だったという点を思い出してください。同版の現役プレイヤー達はまだまだ同じシステムで自身のセッションを続けたかったのです。そこでPaizo社はOpen Licenseを逆用(と言っていいんでしょう)し, 3.5版とほぼ全くコンパチブルなシステムを自社開発します。これが『Pathfinder Role-playing Game』で, 2009年8月に発売されました。


D&D第4版の展開について行けなかったり, システムに馴染めなかったファンはこの『Pathfinder』を圧倒的に支持します。3.5版時代の自身のキャラクターも, サプリメント資産等も捨てなくて良いのです。『Pathfinder』が非公式に「D&D第3.75版」と呼ばれる所以です。『Pathfinder』はそのシェアを徐々に伸ばしていきます。2011年以降にはついに本家のD&D4版を追い越し業界No.1の売り上げを上げるシステムとなります。欧米のテーブルトップRPG業界でD&Dという巨人を押さえこの地位についたものは1974年のジャンル誕生以来いまだ嘗てありませんでした。(実際には90年代半ばの数カ月間Whitewolf社のシステムが1位になった事があるらしいですが)

またPaizo社は特にアクセサリー類で強みを発揮し, 低価格で高品質なミニチュアやフロアタイル等も好評を博しました。ユーザー間ではPaizo社こそがファンの味方で, Wizards社は邪悪な大資本の傘下にあるファンの敵であり単なる集金マシンであるというような言説が行われ始めます。そして当然というか何というか, Pathfinder/Paizo支持派の彼らは徐々に攻撃的になって行きます。「D&D4版なんてRPGじゃねーぜ! Adventure Leagueなんて毎週送られてくる台本に乗っかった戦闘をシミュレーションするだけだろ!」

これが世に言う”Edition Wars”(版間戦争)です。『Pathfinder』が出版されていない日本にはその影響は全くありませんでしたが, 向こうでの実態は大変醜いものでした。オンラインフォーラムのRedditなどではPathfinder派が4版派を一方的に攻撃し, ただ単に自身の4版セッションについて議論しているスレッド等にまで軒並みマイナス評価が付けられる始末。RPG界隈は元々厄介な議論好きが集まる場所ですがこういうのはやり過ぎです。


Wizards社は事態収拾と失地回復に動きます。その頃同社は第4版のコンパクト化・仕切り直し的プロジェクトであった『D&D Essentials』を展開していました(「赤箱」の新装再発的な商品があったのを記憶している方は多いでしょう, あれはこの『Essentials』のスターターセットでした)が, これを終息に向かわせると共に2012年初頭にD&Dの次世代エディションの『D&D NEXT』, すなわち現在の第5版の開発が発表されます。

大規模な公開プレイテストが予告され, このフィードバックを十分に加味した上でシステムの最終稿を決定する旨が発表された他, この版ではシステムの基本的な部分は『D&D Basic Rules』として無料公開される, Adventure Leagueでは先行してこの版でのストーリー展開が体験出来る, Forgotten Realms世界の何度目かの大変革がまた行われる云々…。盛り沢山の発表でしたがユーザーの反応は余り芳しくなく, 当初盛り上がりに欠けたように記憶しています。(エド・グリーンウッドによるFR新展開の発表は特に聴衆が戸惑っているのがありありと解り拍手もまばらで痛々しかった…)

そうして漕ぎ出したプロジェクトですが, この開発過程で長年D&Dに携わって来た第2~3版時代のスターデザイナー, モンテ・クック氏がWizards社を離れる旨がアナウンスされました。これは完全にクリエイティブ面での相違によるものだという情報がブログやフォーラムのゴシップとして伝わって来た事もあり, 私も一時は「うーん, これは駄目かもわからんね…」という感想を抱きました。

しかし結果から言うと, この試みは上手く行ったし, 単なるマーケティングギミック以上のものに充分なったんじゃないでしょうか。当初のプレイテスト段階でClericとPaladinにTurn Undead能力が無かったりした等不評だった部分は実際にこの過程で変更されたと記憶しています。


さて, 2014年の夏にようやくと出ました, 『D&D第5版』。出た当初は口の悪いファンから「watered-down 3E with a bit of 4E」(水で薄めた3版に4版をチョイ足し)なんて言われましたが, 概ね好評で, Wizards社の目論見は2017年現在ほぼ達成されたと言って良いと思います。D&Dは再びトップシェアに返り咲きました。その商品構成をあくまでさらっと見ていきましょう。システムの詳細はここでも割愛します。(結局俺はもう, 上述のゴシップとかがメインでシステムの実地・実際には言う程詳しくねえんだよ察しろよ)

まずは無料でpdfがダウンロードが可能な『D&D Basic Rules』, これは有志により日本語にも翻訳され既に入手可能なものですが, 残念ながら向こうのシーンではこれを使っている人は非常に少ないです。Feat他プレイヤーのオプションが含まれておらず, 本当にBasicなゲームしか行えないからです。『Pathfinder』の時は基本ルールが1冊にまとまっているというその1点だけで「ファンのお財布に優しい! 素晴らしい! 」と賞賛されたのに, じゃあって今度は無料にしてみても顧みられない, 何というか今の時代の難しさを象徴していますね…。

コアルールの『PHB』『DMG』(ダンジョンマスターズガイド)『MM』(モンスターマニュアル), これはD&Dを既に知っている方にはお馴染みでしょう, 全ての基本となる3冊です。問題は価格設定で, 定価で買うと全部で150ドル, 日本語版は幾らになるのか知りませんけど, 4版の時以上にお高いです。日本から英語版を買う時もAmazon.jpではなく.comから送料込みで取り寄せた方が安い場合が多いというのが知られています。

この背景としてはやはりWizards社に4版時の反省があり, 刊行ペースを落としたんだな, だからコアで利鞘を取るんだなという解釈がひとつです。しかし, と言うよりも寧ろもうパワー・サプリメントによる商売を完全に諦めたんだなという解釈が正しいと思います。実際, かつて出ていたキャラクター強化を中心とした内容の拡張ルールやオプション, 4版では『Martial Powers』他, 3版では『Races of …』, 『Complete Warrior/Divine/Arcane…』 2版では『Skills & Powers』等々本当に無数にありましたけど, 第5版ではこういった内容のものはまず”Unearthed Arcana”として公式サイトで無料のpdfとして公開される流れが明確となっていて, またこれらにはプレイテスト段階のマテリアルである旨が明記されています。

つまり, 好意的に解釈すれば, 今まであったパワーインフレ→システム崩壊→改訂というサイクルが6年から10年で起こる流れを断ち切り, 長く遊べる良心的な展開を目指していると言えるんじゃないでしょうか。逆から見れば商売として余り力を入れた勝負には出てないとも言えます。

説明する順番は逆になってしまいましたが, こうした強化オプションやヴァリアントルールのうち好評だったものをまとめたものが先月出たてホヤホヤの『Xanathar's Guide to Everything』(2017年11月)です。他にコアを補完する商品は『Volo’s Guide to Monsters』(2016年11月)位で, これは実質『Monsters Manual 2』だと考えるといいでしょう。


さてこのXanathar, Voloは共にForgotten Realms世界のキャラクターです。前者はBeholderでWaterdeepの暗殺ギルド(だっけ?)の親玉, 後者はルネサンス風のとぼけたオッサンで第2版時代にユーモアのあるガイド本に登場し人気でした。こうした名前がサプリメントに冠されているのは, web検索で出やすいタイトルに改めたという事の他に, Wizards社は第5版でFR以外の世界は展開しない/していない事の現れです。とは言ってもFRのマテリアルもどちらかというとプレイヤー向きの『Sword Coast Adventure Guide』(2015年11月)が1冊出ているだけで, 本格的なキャンペーン本は出ていないです。

このように相当絞った商品展開がなされていて, 日本語版が出るまでの3年以上のタイムラグもWizards社が当初多言語展開に積極的でなかった事が理由としてあるなど, 相当守勢に回っていた状況が解ると思います。まあそれは別にいいんですが, 中世風・王道以外のファンタジーもカバーして来たかつてのD&Dのアナーキーな側面等は現状完全に捨てられてしまっています。ファン全般もストーリー・世界展開という意味ではもうFRには完全に食傷気味で白けた感じがあり, 私はこの辺りが今回個人的に最も残念な点です。

第4版同様シナリオ本も全てハードカバーで強気な価格設定, これは色々ありますけど, 過去作の復刻である『Curse of Strahd』(2016年3月)も『Tales from the Yawning Portal』(2017年4月)もFRキャンペーンに継ぎはぎして使ってねという感じで出ています。いつだかどこのサイトだかで「Dragonlanceが5版に来るぜ!」 という画像一発のエイプリルフールネタがあったんですけど, 私なんかはそれにモロに引っ掛かってしまい小躍りからの意気消沈コンボを華麗に決めてしまったので, 皆さんは是非引っ掛からないようにお願いします…。

『Starter Set』は付属シナリオが他のシナリオ本と上手く接続しないとか言われてますけど(そうなの?), 欲しい人は買えばいいんじゃないでしょうか。社外ライセンス品だと『指輪物語』の第5版対応作品とか出てるみたいですけど, 余り詳しく知らないです。


また, 電子フォーマットでの展開ですが, ええと, これも面倒なトピックなんですよねぇ…。確か2007年頃と思いますが, 現在あるdrivethruRPGがまだ別の名前だった頃(RPGnow…だっけ?), 洋RPG界ではちょっとしたブームが起こっていました。なんとこのサイト, 自身でスキャンした古いRPG資料のpdfアップロードを受け付けていて, これが版元・権利者からの許可を受けた上で売り上げに繋がればサイト内クレジットが支給され, 他のpdfを買うのに使えるという何とも凄い仕組みがあったんですよ。これが古参のRPG者を中心に大ウケしたのです。(そりゃそうだ…俺こんなのの日本版があったら完全に狂ってしまうわ…)

さて, その波に乗って当時のWizards社はD&D第3~4版のスキャンでない正式の電子版を同サイトに委託し販売開始します。しかし, 当然というかそこへ出した正式のpdfは違法アップローダーの餌食となり各所で流通してしまう事態となります。これを問題視したWizards社は2009年頃怒りのステートメントを発表, 同サイトから全てのマテリアルを引き揚げました。

ですが, 問題はここからで, このステートメントは実はカモフラージュ・口実でありアップローダーなど大して問題にしていなかった, 実際はホビーショップからのクレームでストップが掛かったのだという説また証言(真贋不明)があります。店頭で現物を見てオンランインで電子版を買われたらショップは堪らないし, Wizards社の主力はあくまで『Magic: the Gathering』であり, それを扱うショップの意向には逆らえないという訳です。(すいませんがこの経緯, MMOのギルメンとダベってた伝聞を含み記憶と年号もあやふやです)

このような経緯があるのでWizards社はD&Dの最新マテリアルの電子版販売には非常に消極的です。とは言え一つ例外があります。“Fantasy Grounds”です。このオンラインセッション支援システムはSteamで35ドル, フリーの試用では出来る事が相当限られており実質買う以外ないソフトです。このソフト上でD&D第5版の公式マテリアルが使用出来ますが, 本体とは別にこのシステム用にライセンスされた各ルール・サプリメントの購入も必要と, この環境を参加人数分揃える事を考えると非常にプレミアムなものになっています。

海外のオンラインセッションは“roll 20”が主流で(これは日本の“どどんとふ”等にあたるもので無料で充分使えます), Fantasy Groundsの普及は限定的ですが, 上述のD&D Insiderで見た夢の続きというような趣があり, この金満オンラインセッションは個人的に興味を引かれる部分です。(YouTubeやTwitchでこれを使ったセッションを見かけると観るんですが仲々動画を完走できないです…)

またWizards社はセッションの動画配信の分野でのプロモーションに特に力を入れており, 最新シナリオの『Tomb of Annihilation』発表時(2017年6月, 商品の発売は9月)にはYouTubeの配信者達を自社に招いて48時間ぶっ通しのイベントを催し配信しました。招かれたのはD&D公式YouTubeチャンネルと繋がりがあり自らのセッション動画を同チャンネルに提供している人達が主だと思います。

D&D公式チャンネルの中ではクリス・パーキンスGMでコミックテイストの“Acquisition Inc.”ってシリーズが人気です。だけどYouTube全体で最も観られているセッション動画は“Call of the Wild”というミニチュアとGoProを贅沢に使ったシリーズだと思います。この分野に興味ある人はその辺から観ると良いと思います。


さて, つらつらと述べて来ましたが, D&Dの第3版後期以後の動向をこうやって俯瞰してどうでしょうか。個人的にはD&Dを始めとする海外テーブルトップRPGは停滞している面(システムの復古・巻き戻り, 相変わらずのルールブック)も進化している面(オンラインセッション, 配信, pdf出版)もあるように感じます。ユーザー達は一面ではジャンルの進化を拒否するようにも, しかし他面では新しいものを欲しがっているようにも見えます。不透明で禅問答のようですが, シーンは着実に変遷し, そのモードは良くも悪くも切り替わっています。

日本で『クトルゥフ神話TRPG』が局地的なブームとなったのももうそんなに最近の事ではないですし, この10年来ユーザーから新味が無いと言われ続けて来たリプレイ本が動画配信の普及以降とうとう本当に売れなくなったなんて話も聞きます。今回のD&D日本語版はその状況にどう接続するんでしょうか。

…なんて難しい事を考えなくても, 自分らの卓だけで小規模に楽しめていればそれはそれで黄金時代だという考えもあります。RPGは結局やる相手次第なんで。D&D第5版は改版されずに長期展開されるという私の見立てが正しければ, そういう良いシステムに充分なり得ると思います。ご参考の一助となれば幸いです。(その見立ても来年早々とかに覆されたりしなきゃいいけど(笑))

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2017/12/17 単純な誤記や文章の流れ, また一部年号固有名詞の誤り等を修正しました。

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