クリスチャン・ボルタンスキー「アニミタス_さざめく亡霊」インタビュー文字起こし

東京都庭園美術館での展示について

私は日本が大好きで 来日する理由があれば喜んで来ます。東京都庭園美術館の建物の過去 そして一種の空間とのコラージュに興味を持ちました。こういった場所でニュートラルにとどまることはできません。近代的なスペース いわゆるホワイトクイーブは退屈です。装飾されたスペースは展示しやすいとは言えませんが面白い一般的な美術館での回顧展とは違った問いかけをすることができます。ここではほとんど目には見えない しかしこの場所のことを雄弁に物語る展示になるでしょう。これまでに教会や歴史のある建物で展示をしてきましたがいつも惹かれるものがあります。教会で展示する場合 教会へやってきた人々がそこに現代アートの作品があることに気づかないのが理想です。その場所を尊重し何かを押し付けようとしないことが大切です。この美術館を訪れたことはひとつの経験でありこの美しい庭園美術館で展示をすることもひとつの経験です。

タイトル<アニミタス>とはスペイン語で「小さな魂」という意味です。

チリで撮影した映像作品のタイトルです。チリの砂漠の路傍に見かける小さな祭壇 おそらくそこで交通事故があったのでしょう。コカコーラの瓶に造花や十字架が架けられている。このチリ人にとってのアニミタスは死者に対する思い出です。この建物も当然多様な亡霊たちでいっぱいでしょう。

<亡霊たち>とはどういう存在なのでしょう?

古い建物ならば亡霊はいるのです。特にここは歴史にからんだドラマティックな亡霊たちがいるでしょう。あらゆる類の亡霊たちだと言えます。ここで開かれた華麗なパーティにやってきた着飾ったご婦人や外交官のことを考えましたし、さらにこの建物の主がかかわった出来事にまつわる亡霊のことも考えました。きらびやかで陽気な亡霊や麗しい紳士淑女の亡霊もいたでしょうけれど、異なるタイプの亡霊に苛まれた人もいたかもしれません。魂は死後暫くの間あたりを浮遊しているのでしょう。私たちの顔は先祖たちから受け継いで作られているのです。鼻は祖父から目は曽祖父からといったように。精神も同様です。何間い思いを巡らせる時、本人が知らないことを先祖から貰い受けているのです。私たちは私たちより前に生きた人からつくられているのです。亡霊が実際にいるとは思いません。でもミッテラン大統領が生前テレビに最後に出演した時に言っていました。「私は去るけれども 私はあなたたちと共にいる。なぜならば私は精神の強さを信じるから」と。

死後には何が残るのでしょうか?

私は宗教を信じませんから死後に何か残るとは思いません。死後に別の生があるとは思いません。でも生きている世界にいくらか亡霊が存在しているのを感じます。私の祖母は誰にとっても祖母という存在はそうだと思いますが、それは素晴らしい女性でした。彼女のことを思い出すことができるのは今となっては私しかいません。私が死んだら彼女の存在は完全に失われます。私の仕事の題材は一人一人の人間の重要さに如何に違いがあるかということです。あなたはとても重要な人物で、私もとても重要な人物で、私の祖母も誰も彼もとても重要な人物です。誰も彼も唯一で、他の人とは異なっている。でも三世代で忘却されるのです。後には何も残らない。アマゾンでも日本でも世界の至る所で人類の始まって以来、問われ続けている問いです。 文明は人類が死者を埋葬するようになって始まったと言われています。私は埋葬者です。死者のためのセレモニーを司るのが仕事です。重要な一人の人間としてそれぞれを認識することが大切です。特定のグループやユニットのことを言っているのではありません。有名な誰かではなく一個人のセレモニーです。豊島の<心臓音のアーカイブ>は無名の人々のものです。スターや王様の心臓ではない。私はずっと匿名の個人の写真を作品にしてきました。一個人が重要で、でもその存在はとても儚く早々と忘却されます。

<影の劇場>について

<影の劇場>はまさに亡霊たちの作品です。ほとんど子供じみています。「あ、骸骨が動いた!」なんてね。日本の伝統に通じるところがあるのではないでしょうか。日本は至るところに幽霊や骸骨など奇怪なものが溢れています。来日するたびに驚かされます。日本人は一般的に宗教的に信仰心は深くないけれど、死者に対する信仰は根深い。<影の劇場>はそういった日本の伝統に通じるものがあると思います。

「声」を使った新作も発表されてますね。

ここは展示方法に制限がありますから、「言葉」はこの場所を傷つけることなくスペース転換させる最良の手段であると思いました。素晴らしい作家である関口涼子さんの協力を得て作ったいくつかのフレーズが音響角度を絞ったスピーカーから流されます。問いかけのような曖昧な意味合いのフレーズでそれを聞いた人次第でいかようにも解釈できるでしょう。でも一人一人が何かを得ることができる私の展示にはいつもなんらかの意味が隠してあります。隠されたメッセージなので敢えてここでは言及しませんが。曖昧な意味合いのフレーズは新館ギャラリーで展示する<眼差し>同様に、離脱する魂や弔いの花のように何かを訴えかけるのです。私にとっての死や罪にまつわるシステムで、観た人それぞれが観たいように観ればよいのです。展示タイトルとなっている<アニミタス>という作品は静かで和解をもたらす作品です。そこにあるのは穏やかな精神であり生きる人間たちの闘いではありません。苦悩から解放されて天空で歌う魂。穏やかで落ち着いた作品です。

90年代以降、音に興味を持たれていますね。これまでは物質的な作品が多かったようですが、声は観ることができません。大規模な展示をする機会にはいわゆる全体芸術に近づけるべく製作するようにしています。音、映像、照明を使いますが、それはある感情を呼び起こすためなのです。来場が一つの世界に取り込まれる。この建物に入ればもう既に一つの世界に取り込まれていますが、私の作品はそれをさらに増長するでしょう。

その世界は劇場のようなものですか?

ひとつの劇場です。でも来場者自身が役者となり芝居の一部になります。なぜなら展示を観て歩く来場者自身が言葉を発生させるからです。

<眼差し>について

これは写真を使った作品です。しかし問題になるのは写真の美しさではありません。あれは身分証明写真です。ギリシャで製作した作品なので、被写体はギリシャ人ですが、実は国籍は関係ないのです。被写体の個人それぞれが問いかけを発しているように思えます。重要なのは装置です。この作品に少し手を加えるかもしれません。この装置によって私たちは我を見失い、トイあを投げかける証人になります。声ではなく、眼による問いかけです。誰であるか認識することができない顔です。とても軽い布に印刷され、空気の動きに揺らめきます。亡霊のようでしょう?

<アニミタス>に話を戻しましょう。豊島にある新作<ささやきの森>との違いは?

同じようで実は違うのです。チリでは砂漠のまっただ中で、誰もそれを見つけることはできないでしょうし。あのまま放置していずれ自然消滅させるように頼んできました。もう一年以上たちました。600個の風鈴のうち、いくつ残っているのでしょう。作品はいずれ消滅するのです。あの作品には星との関係性があります。地球上で星が最もよく見える場所、最も星に近い場所、インディアン神話ではとても重要なことです。風鈴の奏でる音楽、天空の音楽の一種の装置です。豊島では、誰もが心臓の鼓動音を送ることができる<心臓音のアーカイブ>を続けたかった。あれは巡礼地なのです。そこでは誰かの心臓の鼓動を聞くことができる。ここでは終わることばく今後も続いていくようにと頼んできました。立ち寄った人は風鈴を購入して、吊るしてある札に愛する人の名前を書き込むことができます。あの森は祈りの場になるのです。日本全国どこでも神社でも人々は願いを書き置いて行きます。私が特に望むのは誰が作ったのか人々は忘れてしまい、それでも聖なる場所として残ることです。アーティストが作ったとかそんなことは誰も知らず、それでも人々あの森に行き、風鈴を買って願掛けします。人々はそこが愛の祈りをささげる場所であると知っています。人々はいつか消滅するけれど愛はそこに残る。私はそんな巡礼地にしたいのです。私は言い伝えに興味があります。言い伝えは芸術より強いのです。チリの作品は存在するけれど、誰もそれを観ていません。タスマニアではある男が私の人生を金で買い取り、洞窟に幽閉しています。豊島には<心臓音のアーカイブ>があります。豊島は実際に行けばそれは美しく、その場所は五千個の心臓で満たされているのです。それを信じることは目で観るより意味があります。その話を知っていることが、実際にその場所に行って観るより意味があるのです。古くから伝わる宗教的神話みたいなものです。

知っているということは実際に目で観るより意味がある?

つい最近ベルギーのある美術館に行ってんの作品を結構な値段で売りました。でも私はその美術館に何も渡していません。美術館は何も受け取っていないのです。美術館はその作品をいつか展示する権利を得ました。私の死後、あるいは生前のいつかその作品を展示することができます。何枚かの写真と私の指示の他に物質的には何もありません。言ってみれば倉庫に保管している彫刻を出してきて展示することではなく、むしろ誰かが楽譜を演奏することに近いでしょう。作品を再製作する際には何らかの手が加わります。私の死後に再製作される場合には誰それの解釈によるボルタンスキーの作品んと明記するようにしたいと思っています。そして人々はその解釈の良し悪しを観るのです。

<アニミタス>の作品のいくつかは、遠いところにあり、ほぼそこまで行くのは不可能です。身体的距離に隔てられています。パリのコンセルヴァトワールの作品は、一般公開されていますが、観ることはできない。

精神的距離に隔てられているのです。行くことができるけれど、行くのは難しい。存在していることは知っていて行くこともできるが行くのは難しい、だから行かない。それでもそこに存在する。必ずしも観ることではなく、そこにあると知っていていつか行くことができると知っていることが大事なのです。その考えが巡礼に近いのです。巡礼地があることを知っていて、今は行かないけれどもいつか行くことができると知っていること、私の作品は多くの美術館にあり、私は多くの美術館で展示をしてきました。でも今日は私はそれと別のことをしようとしています。パタゴニアでの企画があります。来年実現できることを望んでいます。パタゴニアの南に巨大なトランペットを設置して風が吹くたびにクジラの歌を奏でるのです。誰も観ることはできなでしょう。でも無人の極寒の地でトランペットがクジラの歌を奏でていると考えることに興味があるのです。それは物語をつくりだすことです。

<帰郷>は2015年にメキシコで制作された作品です。

衣類を山にして重傷者をくるむのに使われている金色の覆いをかけています。金は光輝いて存在感があると同時に、災いを想起させます。二重の意味合いをもたせています。

<金色のエマージェンシー・ブランケットを使った理由は?>

メキシコのモンテレイで製作しました。モンテレイは歴史的にも金発掘で沸いたメキシコで最も裕福な街ですが、一方で最も殺人事件の多発する危険な街でもあります。死体の街なのです。

<日本では衣類の山を観て、多くの人が2011年の震災を思い起こすでしょうね>

芸術の美しさはそこにあると思います。作品を観た者が自らの過去やバックグラウンドを通して理解するのです。芸術家というのは作品を観る人に対して刺激を与え、観た人が今度は芸術家となってその作品を完成させるのです。芸術家には顔はなく、顔の代わりに鏡があって作品を観ている人自身の顔がそこに写っているのです。私の生命と芸術はホロコーストに結びついています。私はホロコーストの生き残りと言えるでしょう。日本人が実体験していない過去なので、震災など他の経験を通して私の芸術を読み取るのでしょう。できる限り普遍的であるようにすることが私の役割なのです。私にとって衣類の山がホロコーストを象徴し、それを観た人たちが震災を思いおこしたとしても、私はそれを受け入れるし、理解できます。それで良いと思います。震災後に福島を訪ねました。破壊された村は信じがたい光景で、胸の詰まるおもいでした。一つの小学校が村からちょっと登ったところにあり、子供たちは難を逃れましたが、子供達の家族は流されてしまいまいした。1メートルと離れていないところで生死がわかれたのです。なぜ?神が望んだのでしょうか?偶然でしょうか?車で強制退去区域の周囲を通過しました。鹿などの野生動物を村でたくさん見かけました。まるで野生動物が人間たちの居住を占拠したようでした。津波の被害にあった地域では恐怖を目にした思いでした。作品を作りたかったのですが震災の半年後で、まだ記憶が生々しすぎると何人かの日本の友人に言われました。偶然と運命の間について、深く考えさせられました。

<誰にでも災害が起こる可能性があるとも言えます>

知る由もありません。人それぞれがある状況において何かが起こりうるということを知っておかなくてはなりません。自分の子供たちを抱きしめた数時間後にその子供たちを殺す親だっているのです。私たちの誰一人として、それらから逃れられないのです。人間は善人でありながらも、世の中で最も残酷な人間にもなりうるのです。人は自分とちょっと異なる他者に対して残忍です。ひとつの悪い冗談のようで、実は深刻に受け止めなければならない話があります。「ユダヤ人と床屋を皆殺しにしなくてはならない」この言葉に対する反応はこうです。「なぜ床屋を?」もしユダヤ人や他の属性の人々を皆殺しにする理由が立つのであれば、床屋を皆殺しにする理由も同じだけ存在するでしょう。人間をカテゴライズすることによって、人類は残忍なことをしてきました。私はきっと床屋を皆殺しにする10の理由を言うことができるでしょう。ポルポトがメガネを掛けた人たちを片っ端から殺したのはカンボジアでした。人は殺す対象を見つけてしまい、もっと酷いことだってしでかしかねないのです。芸術家の仕事には精神分析的トラウマが見え隠れします。私の場合は歴史的トラウマであり、幼少の頃からホロコーストの生き残りである曽祖父母や父からいろいろな話を聞かされて育ちました。おぞましい話の記憶は私の悪夢や欲望や問いかけとなって私の命に焼きつき、私の作品に大きな影響を与えました。幸いにも私はこうして話すことができますが、人それぞれこういったトラウマを経験していない人々も、私の作品に何かを見出すことができると良いを思っています。