「孤独な決断をせよ」

メル友への手紙 2016/08/30

Dear I.M.R.Mm.Ma.,
It’s cloudy today. It has been typhoon season.

大ニュースです。新たにMm.さんとMa.さんにメル友になってもらいました。

とってもとってもうれしいです。

M.さんとイニシャルが同じになってしまうので、Mm.さんとMa.さんにさせていただきました。ニックネームのイニシャルが重複するとは、私の思慮不足です。わかりずらいですよね。ごめんなさい。Mm.さん、Ma.さん、今後とも末永くよろしくお願いしますね。これでメル友が5人になりました。

さて、
昨日、Mediumで、タイトル「今日は私が思うメンタルヘルスの患者さん達について書きたいと思います」という、M.さんのブログを読みました。壮絶な人生の物語が書かれていて、小説のあらすじのようでした。こころが縮む思いがしました。
M.さんに、なにか元気がでるようなことばをかけてあげたいと思いながら、転がっている文庫本をひろげていると、目が止まりました。

今日は、M.さんのブログに関係する話題です。

「孤独な決断をせよ」
愛に恵まれた者が、愛に恵まれない者を裁くことが許されるのか?
心理的に病んでいる人には、心理的に病んでしまう理由があって心理的に病んでいるのである。
誰も好き好んで心理的に病んでいるのではない。心理的に病んでいる人も、避けようのない運命の元に苦しんでいるのである。
誰だって「母なるもの」を持ったやさしい母親の元に生まれ、、可愛がられて成長したい。
しかし人は残念ながら自分の運命を生きるしかない。
したがって、不幸な過去から抜け出し、「いまを生きる」ための唯一の方法は決断である。先に述べたように「人生とはこうゆうものであったか、人間とはこうゆうものであったか」と学び、そして「ならば私はいまからこう生きよう」という決断である。
それは孤独な決断である。
こころの休め方(加藤諦三)より

私は、「いまを生きる」という言葉が好きです。加えて言うなら「明日、突然死んでも悔いがないように、今を幸せに生きる」という意味だと思っていて、それが好きです。だから思ったことは、その日にやることにしています。

私は、I.さん、M.さん、R.さん、Mm.さん、Ma.さんに手紙を書いていますが、手紙を書くことだけで幸せを感じています。何を書こうかと悩むことも、楽しい毎日の日課になりました。とても充実しています。こんなことになるとはと、本当にびっくりしています。これもみなさんのおかげですね。勉強より優先してしまうので、少し困ってはいますが!?

さて、
M.さんのブログを読んでいて、M.さんは、すでに孤独な決断をされているんではないかと感じました。

M.さん、私は、どこまでもM.さんの孤独な決断を応援してますからね!

Kind regards,
K.Y.

PS:3枚目の挿絵を描き始めました。「繁華街の夜」の下書きです。

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.