禅では「放下着」-何もかも打ち捨てろ

気分は良くなりません。でも、気分はフラットになります。

何をしていてもついつい余計なことを考えてしまう。本をよみながら、メールのことを考えたり、明日のことを考えてしまう。

勉強しながら、ついつい、先々のことを、どうしようなどと考えてしまう。

目の前のことに集中していないから、そんなことになってしまうんだと、常日頃から思っていました。

そう、私は、「ながら作業」ではなく、「ながら思考」をよくやっています。

これってどうなの?

今日の話は、禅「心の大そうじ」(枡野俊明)からです。

せっかくの休日を家族と楽しんでも、「明日の仕事の段取りは・・・」と考える。

「楽しむ自分」に徹することができないのです。今、その瞬間以外のことは放っておけばいいのに、過去に思いを巡らせ、未来を見据えずにはいられない。

禅では「放下着」-何もかも打ち捨てろ、と教えます。手放せないからとらわれているのです。捨ててしまえば、今、その瞬間に一生懸命になれる。

一休禅師にこんな逸話があります。弟子を連れて歩いていると、鰻(うなぎ)を焼く匂いが漂ってくる。「いい匂いだなぁ」と禅師はいいました。

しばらく歩くうちに、今度は弟子が「先ほどの禅師の言葉は、仏さまに仕える身としては不謹慎ではないですか」という。

禅師はこれに一喝(いっかつ)します。「お前はまだ鰻のことを考えていたのか。そんなもの、わしは鰻屋の前に捨ててきたわい」と。

今やっていることが一番大事なのです。過去を引きずることはないし、未来を憂(うれ)えても仕方ない。目の前の”今”に打ち込むことが、一つの禅的な生き方なのです。


◆):天気が悪いと、気分がすぐれません。過去のことや、今後のことを考えてついつい不安になってきて、ますます気分がすくれなくなります。

今、気分がすぐれない今に一生懸命集中してみることにしました。

目を閉じて「今、気分がすぐれない自分がいる。自分は気分がすぐれない」なにも考えずに、気分がすぐれないことだけに集中してみると、肩が痛くなってきました。

それで次は、肩が痛くなってきたことに集中してみる。「肩が痛くなってきた。痛くなってきた」と何度もこころでつぶやくと、ちょっと肌寒いことに気がつきました。

「ちょっと寒いぞ、肌寒いぞ」とこころでつぶやく。すると手が重くなってきました。

「手が重いぞ、手が重いぞ」とこころでつぶやく。すると体がだるくなってきました。

「体がだるい。体がだるい」とこころでつぶやく。すると、ちょっと気持ちいい感じになってきました。

「だるくて気持ちいい。いいぞ、これってなんだろ、いいぞ」とつぶやく。

これをずーーーとつづけます。

気分は良くなりません。でも、気分はフラットになります。

なかなか、いいぞ。


メル友のコーナーです。

Mm.のどたばた

今回はショックだったお話をさせてください、一度心が折れてふて寝しました(´;д;`)

小説を書く時、パソコンの方が書きやすいので、彼がパソコンに僕のアカウントを作ってくれたのもあって、彼のパソコンで小説を書いてるんです(・c_・`)
サイトで書いていて、その作品は自分の中で1Pに1000文字程度と決めてるんですね←
目安は1000文字で少しオーバーするか少し足りないくらい( ´∀`)
それで書いていたんですが、書き終わって決定を押したらまさかのネットワークエラー( Д ) ゚ ゚

再度更新したら原稿消えてる……(;Д;)
まさかの1000文字書き直し(`;ω;´)
しかも暫くネットワークエラー起きるからまともに使えない(。・´д`・。)
結果、数時間後にまともに動作したので、ミジンコサイズの脳をフル回転させて記憶を辿りながら、少し改変したりして書き直しました(-ω-。)

本当にパソコンってやつは……(`;ω;´)
皆さんもパソコンでの作業では気を付けてくださいね(・c_・`)

◆):やりきれない悲しさとは、まさにこの時だよね。

カンナ

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