クリストファー・アレグザンダーと数学

池ノ上には元日本代表ラモスがいるとゴータに聞いてはいたもののとうとう本日お会いすることができた。これが大人の男だというダンディ着こなしとスリムな体型に憧れざるを得なかった。すれ違っただけなんだけれど、オーラが全然違った。そんな池ノ上にはフランス屋という、腰の曲がったおじいさんがほぼ一人でやっている洋食弁当屋さんがあって、今日はそこでアジフライとササミチーズフライと里芋煮たやつと木耳とたまご炒めを詰めてもらってこれは洋風なのかと疑念を払えないまま家路についた。弁当の蓋をあけると、ご飯が見えないほどおかずが載っていてびっくりした。あのおじいさんが元気なうちに、おかず全種類買ってうちでパーティしたいなとなんとなく思った。

そんなフランス屋とは本当に関係なくて申し訳ないのだが、最近長坂一郎さんの「クリストファー・アレグザンダーの思考の軌跡―デザイン行為の意味を問う」と いう本を読んで、それから、ORFでのセッション(長坂一郎 × 難波和彦 × 諏訪正樹 × 江渡浩一郎 × 井庭崇 × 松川昌平)を聞きにいった。セッションは時間足りなくてもっと各先生の意見を聞きたいところだった。内容の全貌の把握できるほどアレグザンダー通ではないのだけれど、それからいろいろ読んだ本を合わせてみて、一つ思ったことがある。

1,Notes on the Synthesis of Form(1964)
2,A city is not a tree(1965)
3,A Pattern Language(1977)
4,The Nature of Order(2002~)
1~3までの範囲であれば概略としてアレグザンダーはプランニングに優れた(ちょっと偏屈な)建築家という認識でいいような気がしていて、4で神懸かかってきたところからなんとなくスピリチュアルになってきて怪しいのではないかと疑っていたけれど、彼が建築でPh.Dを取得する前に物理・化学を修め、数学は修士号を持っているということを知ってから神懸かるのも無理はないのではと思い始めた。いやむしろ当然だろう。

ホーキング博士の映画「The Theory of Everything」の
こんなシーンを思い出した。
(Jane)What are you?
(Stephen)Cosmologist, I’m a cosmologist.
(Jane)What’s that?
(Stephen)It’s a kind of religion for intelligent atheists. — —
(Jane)So, what do cosmologists worship then?
(Stephen)What do we worship?
(Stephen)One single unifying equation that explains everything in the universe.

大事なことだから2回言う。
「One single unifying equation that explains everything in the universe.」
(単一の方程式で宇宙の全てを説明する)
有名なニュートンのF=ma
それを塗り替えたアインシュタインのE=mc2、
数学者、物理学者の目指すところは紛れもなくそこだ。
アレグザンダーの背景に数学があるのなら、
かれは単一の方程式で全てを説明したかったのではないか。
そして、それができるのは神か神に愛されたものだけだ。
ニュートンが落ちるりんごを見た時、
アインシュタインが空間が曲がっていることを思った時、
ワイルズがフェルマーの定理を証明した時、
きっと「何か」を感じたのではないか。
それを「ひらめき」というかもしれないし、
「無名の質」というかもしれないし「神」というかもしれない。
「A」Pattern Languageから「The」Nature of Orderに
変わったのもそのような確信から来るものだろう。

長坂さんのこの本は、客観的にみたアレグザンダー論だから、いまからアレグザンダーを勉強する人は、まずここから始めるといいと思う。そしてこれを読むと間違いなく「数学勉強しないと!」となる。レヴィ・ストロースが分かりにくかったのも、鈴木健さんの「なめらかな社会とその敵」の理解が難しかったのも、数学が身体化されていればもっと楽しめたはずだ。