ディグニティセラピー

ysk
5 min readOct 30, 2018

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少し前ですが、6月に緩和医療学会で聞いてちょっと面白かった精神療法を紹介したいと思います。
ディグニティセラピーと言います。

「ディグニティセラピー」を直訳すると「尊厳療法」という意味になります。患者の尊厳を維持するために提唱された精神療法的アプローチのひとつだそうです。2005年に考案されたもので、特別な装置などは必要なく「がんの末期にある患者さんたちに、これまでの人生を振り返り、自分にとって最も大切になったことをあきらかにしたり、周りの人々に一番憶えておいてほしいものについて話す機会を提供するものです。

というと堅苦しいですが、患者さんは下記の8つの質問に答えて、それを基に医療者が文書に起こすだけです。

- あなたの人生において、特に、あなたが一番憶えていること、最も大切だと考えていることは、どんなことでしょう?

- あなたが一番生き生きしていたと思うのは、いつ頃ですか?

- あなた自身について家族に知っておいてほしいこととか、家族に憶えておいてほしいことが、何か特別にありますか?
(家族としての役割、職業上の役割、そして地域での役割などで)あなたが人生において果たした役割のうち最も大切なものは、何でしょう?
なぜそれはあなたにとって重要なのでしょう、そして、その役割において、あなたは何を成し遂げたのだと思いますか?

- あなたにとって最も重要な達成は、何でしょう?
何に一番誇りを感じていますか?

- あなたが愛する人たちに言っておかなければならないと未だに感じていることとか、もう一度言っておきたいことが、ありますか?

- 愛する人たちに対するあなたの希望や夢は、どんなことでしょう?

- あなたが人生から学んだことで、他の人たちに伝えておきたいことは、どんなことですか? (息子、娘、夫/妻、両親などに)残しておきたいアドバイスないし導きの言葉は、どんなものでしょう?

- 将来、家族の役に立つように、残しておきたい言葉ないし指示などはありますか?

- この永久記録を作るにあたって、含めておきたいものが他にありますか?

愛知がんセンターによるディグニティセラピーの紹介より引用(原文はChochinovの論文)

まあ、医療者がエンディングノートの一部を手伝ってくれるようなものですね。
項目としては、患者本人が誇りに思うことや周囲の人へ受け継ぎたい価値ある体験を明確にする物です。
これにより、患者の「尊厳」の再認識を促して、この後生きていく上での目的や意味の支えを実感してもらおうというセラピーとなります。

全体として、およそ10日から2週間程度でセラピーは完了します。まず、このセラピーを受けることを了承したら、この8つの質問項目が渡されます。
これに対して、2,3日かけて患者は回答をイメージしてもらいます。
その後、録音しながら医療者と面談して、逐語録を作ります。人によっては何度かにわけて面談することもあるようです。
逐語録ができたら、医療者が1週間ほどかけて文書にまとめて、本人確認して文書が渡されます。

名古屋市立大や愛知がんセンターでは行われているようですが、どこまで日本で普及しているんですかね。
また、これは全員におすすめというよりは、こういう精神療法が効果的な人もいるという感じで無理して受ける必要もないと思います。
実際の患者さんでは、興味を持って受診を希望したけど、質問項目を見て考えてたら辛くなったのでキャンセルした人なんかもいるそうです。

緩和医療学会の講演によると、ホスピス病棟に入院している患者さんに施行しているようですが、個人的にはそんなに限定しなくてもいい気がします。
別にエンディングノートだって、結婚して配偶者ができたときとか、子どもが生まれた時とか、起業した時なんかでも書いていいと思いますし、ディグニティセラピーもそうだと思います。医療者なんかは先に書いておいてもいい気がします。

また、ディグニティセラピーは一回だけ行うことを想定しているようですが、できるなら何回かやってアップデートを目指すというのもありだと思います。更に伝えたいことを増やすというのも、生きる目的になる気がしますし、楽しいと思います。体が動かなくなったとしても、過去の経験を基に思考することで一言でもアップデートできるかもしれませんしね。その最後の瞬間までディグニティセラピーのアップデートは可能だと思います。

少なくとも、人間はいつか死に、そして周囲に伝えたい人がいるなら、やって損はないように思います。

そして大切なのは、これを実施してその後の人生を充実させるカンフル剤にすることだと思います。更に、周囲の人の助けになるかもしれないならお得ですよね。

参考文献

Chochinov, HM, et al. Dignity Therapy: A Novel Psychotherapeutic Intervention for Patients near the end of life. J Clin Oncol 23:5520–5525, 2005. [LINK]

ディグニティセラピー: 最後の言葉,最後の日々 北大路書房, 東京, 2013.[LINK]

愛知がんセンターによるディグニティセラピーの紹介[LINK]

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ysk

どこにでもいるただの人間です。ヒトであり、妻と2人の子供と持ち、会社員であり、研究者であり、がんを罹患しています。医療などが多いと思いますが、個人的なポエムでも書こうかと思っています。記載は個人の意見であり、所属する組織などの見解を表してはおりません。 https://twitter.com/ysk_cancer