6.24 夏の一撃。

人生が自分という仮説を証明する事だとしたら、私の人生は小学生の夏休みに決まった。

初めの就職活動に納得がいかず、変なこだわりを持って大学院の進学を決めて、周りは働いていて、自分の人生もう普通に幸せになる方向で行こうかと悩んでいた頃、いやそれでもやっぱり私の知的好奇心と探求心そのものを仕事にしたいと思い、自分の中で納得がいくストーリーを形成する日々を過ごしていた。

その頃形成した人生の捉え方が、「生きることは自分という生き方が達成可能であるという仮説を証明すること」であって、他の誰かでも検証できる仮説ではない方が楽しくて、私の場合は「小学生の夏休みの頃に感じた冒険心とワクワクと抜けるような想いを感じ続けること」が本当に可能なことを示す人生だと思った。

あの溢れる時間とどこにでも行けるし、行ったことのない場所ばかりで、空は高く抜けるように青くて、仲間がいる終わらない昼下がり。

この時の好奇心を抱き続けることが私の人生だと思った。

そして今、幸いにもMachine Intelligenceの領域を拡張し、深める仕事している。これも研究室を検討していた頃に大学の図書館で専門書に囲まれて過ごした時間が、あの夏休みの冒険心と探求心と一致していたからで、やはり自分は色々な未知が大好きなのだと思った。

そして今は未知を探求することをアウトプットに変えるワクワクを探求している。

誰かの人生はその人の仮説だと思うと、その人の生きる姿が逞しく見える。

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