人の数だけ、愛国心の数。

フィラデルフィア市長のコメントで、ふとこう考えた。国に対する愛の形は人それぞれ。ちょうど家族への愛が人それぞれなように…

この春(2018年)は妙なことから日本でもアメリカン・フットボールが注目を集めましたが、本場アメリカNFLも、トランプ時代になってから本来のゲームではなく、政治的な対立の焦点となっていましたね。

今年のスーパーボウルの覇者はフィラデルフィア・イーグルス、ところが恒例のホワイト・ハウスへの優勝チーム招待をめぐり、辞退の意向を示す選手が多数出て、逆にホワイトハウスがチームの来訪禁止、招待しないと発表するなど、これまた子どものケンカのような話になりました。

そこで、上のCNNでのフィラデルフィア市長のコメント、となるのですが、さらにバックグラウンドをかいつまんでおくと:

アフリカ系住民に対する警官の暴力に反対して始まったブラック・ライヴズ・マター。この運動にNFLでは 2016年、49ersのQBだったコリン・キャパニックが賛同し、試合前の国歌斉唱の際起立せず、いわゆるニー・ダウン、片膝をついて抗議を表明、選手たちにも共感が広がり同調する者が増えていった。これをトランプ大統領候補が自らの支持者のベースに訴えかける格好のトピックとして政治問題化した、という経緯です。

今回のホワイトハウスの「招待しない」声明(と書くと明らかに子どもじみていますが…)の中でも、根拠としてこの国歌斉唱時不起立問題が挙げられている。しかし事実は、優勝チーム、フィラデルフィア・イーグルスの選手が国歌斉唱時に起立しなかった、ということはなかったそう。

(参照:Did Philadelphia Eagles Players Kneel During the National Anthem in 2017?

とはいえそういう「細かい話」にこだわらないのがトランプ支持者。いくら事実に反する点、つまり嘘をあげつらっても、その《思い》は揺らぐものではありません。選挙中から、リベラルなメインストリーム・メディア、 NBC、CNN、NYT等は、トランプをジョーク候補扱いしているくせに発言はシリアスに捉えて細かく批判する;トランプ支持者は発言をいちいち間に受けてはまったくないが候補者として真面目に捉えている、とコメントしている人がいたのを憶えていますが、ここに大きなズレがある。

あわせていえば、ミュージシャンやスポーツ選手が政治的意見を表すのが不愉快な人はいて、これも今年のことですが、バスケット選手に “shut up and dribble!”(黙ってドリブルしろ!)とまでいったFox Newsのアンカーさえいましたが(Laura Ingraham)「黙って〜しろ!」なんて、もはや親が子どもにいっても穏やかでない。到底他人にいえることではありません。

恒例に反し、あえて「招待しない」といわれたイーグルス。トランプのホワイトハウスはこれを「国や国のために働く軍に対するリスペクト、敬意の問題」としたのですが、対するイーグルスの地元、フィラデルフィア市長は、上のヴィデオのように、そうではなく、むしろ表現の自由に対する敬意と、この国の人々一人一人の経験に対する理解の問題だ、としてこう説明します:

“自分は国歌斉唱に際し敬意を表すが、それは特権的な白人としてであり、この国の多くの人は、同じ特権に与っていない。国に対する思いの表現は、人それぞれ、人種やジェンダー、生活の状態、これまでの国との関係、その人に対し国がしたこと、国が何をしてきたかによって違う、そのそれぞれの思いを表現する権利がある。大統領は自分の見るとおりに見、自分のいうとおりに行動しろというが、それはアメリカではない。

まぁ、ざっくりと、ですが、だいたいそういうようにいっています。

そこでふと思ったのは、なるほど、国に対する思い、というのは各人それぞれに複雑で、人それぞれの、自分の家族に対する思いにもちょっと似ているかもしれない。そう考えると、判りやすいかもしれない:

自分の家族を、だれが最初から憎みたいなどと思うでしょう。国だって同じで、自分の住んでいる国を嫌いになりたいわけはない。でも自分の国だと思えばこそ、腹が立って許せない、という場合もある。ちょうど家族のように、です。

それをある立場の人の基準で、国に対する愛を表すにはこうしなければならない、愛しているならこうするはずだ、と決めつけるのはどうでしょう。問題は、国に対する愛ではなく、その基準を決めた人の《思い》を満足させるため、人それぞれのさまざまな《思い》を押さえつけること、なのではないでしょうか。

《思い》には、どちらが正しいも間違っているもない、一方の《思い》で他方の《思い》を封じ込めるのは、文字通りの暴力です。

上のリンク先にもある通り、問題の声明では「大統領と意見が異なるためチームはホワイトハウスへ来てはいけない」と明言までされていますが、本来意見が異なる時にこそ会って話をしようや、というのがオトナな対応。

24時間のニュース・サイクルに従って、「チャンネルはそのまま!」と連日《爆弾》を落とし続けるトランプ戦法。あまりのツッコミどころの多さに、もはや疲弊してしまい、いちいちツッコむ気力も失いかけておりますが…まさにそれこそ、トランプ翁の思うツボ、なのかもしれません…(笑)


なお、日本の《学生フットボールの反則問題》については、当時、非常に個人的な問題意識からになりますが、気になった点をまとめています。どうぞこちらをご覧ください:「Go Blue! Go! または、どうして日本人は議論ができないのか?」