迫り来る「死」という足音

人はいずれ老いて朽ちていく。

静かな「死」という足音がそれぞれに相応しい年月をかけて迫ってくる。来るべきその時をただただ待つのみ。それは決して自ら追いかけるものではない。

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たとえ生きる希望に暗雲がたちこめ未来を直視できなかったとしても。自ら命を絶つ「自死」という選択肢は決して生きることを救う最後の手段ではないのだから。

ただ責任を背負い込みすぎた自分に対して自己成長の為と自己暗示し、自分を追い詰めすぎると知らぬ間に聞こえぬ悲鳴とともに心が疲弊していく。まるで逃げ場のない崖に突き立てられたように。

強迫観念からくる行動なのか、それとも自分の意思で選びとった行動なのか。

なんにせよ人は身体や精神の疲労が極限までいくと正常な判断をくだすことは難しい生き物である事は確かだろう。

家族や仕事場の仲間、友人や恋人でさえも自身の心の深部まで見透かす事はなかなかできることではない。誰になんと言われようと自分にしか聞こえない心の悲しい音にに耳を傾け、自分を労わる優しさを持とう。

「自分を守れるのは他でもない自分しかいないのだから。」

過去の常識を振りかざし「当たり前」という幻想を創り出す大人に振り回されてはいけない。その様な想いの伝染は未来への負債でしかないからだ。

未来をより良くしようとする小さな一歩を紡ぎ出す人々によって、未来に生きる人々は救われるだろう。

「Blue MondayをHappy Mondayに」

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written by Yuichiro Amano
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