妊娠して、流産した話

Yuka Iwasaki
Apr 5, 2019 · 10 min read

完全にプライベートの話で会社や仕事の話ではないですが、29歳働く女のリアルとして「流産マジキツイ」って話を残しておこうと思います。

1か月後には30歳になるのですが、自分がこうなるまで妊娠や流産がこんな痛いものだとも知らず「言っといてよ…!」と思ったので、自分で書こうと思います。

今後、出産を考えている方やそういう方と働いている皆様の相互理解の何かに役立てば嬉しいです。

突然きた妊娠

30歳を目前にして、「そろそろ出産とか考えないとな…」と頭では考えていたものの、仕事がとにかく楽しくて心がついていっていない状況だった。ただ、結婚から2年半経過し、そろそろさすがに…と思い、夫と検査に行こうという話をしていた矢先、妊娠がわかった。

あれだけ「う〜ん、いつか欲しいけど今は仕事に集中したいからな〜!」とか言いつつ、超嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しくって、世間では安定期まで言うなみたいなのあるらしいけど、親友、家族、会社の人たちには言っていた。

なんなら名前も1人で決めていた。そのことを夫に言うと、「ゆかちゃんが決めたので俺はいいよ」と嬉しそうに笑っていた。

大好きなお酒もやめた。飲めないとなると世の中に酒があることが死ぬほど憎たらしくなった。妊婦さんの気持ちがよくわかった。

ラッキーだったのは初期なのもあってか、全くつわりらしいものがなかったことだった。毎日、子育てと経営を両立している未来の自分を想像して楽しんだ。「令和の働く女性のロールモデルになるんや!」と鼻息荒く意気込んでいた。

桜満開の日にわかった流産

「次は心拍が聞けますよ」と言われてワクワクしながら産科に行った。今回は夫も同伴だった。先輩に教えてもらって初めて行った高級産科は待合室に美味しいコーヒーが置いてあって、夫と興奮しつつ番号が呼ばれるのを待った。大人気の産院なのでその日に出産の予約までして帰るつもりだった。

順番が呼ばれた。夫も呼ばれた。なぜか前回みたいな明確な影がいなくなっていた。前回のエコー写真を見せると先生は「前回が違う産科だったので、ここでは名言できないですが、これが前回もうちの産科で検診していた場合【ケイリュウ流産】とお伝えしたと思います」と言った(正直このときは軽い流産のことをケイリュウと言っているのだと思っていた。あとで調べると子宮内に残ったままで排出されていないことを稽留流産というらしい)。

なんだかよくわからなくて、ニコニコしながら「ありがとうございます!」と元気よくお礼して部屋を出た。夫は「まだわからないもんね」と何度も言ってくれたが、なんとなく自分は「これは完全に流産してる」と確信していた。

病院から出ると死ぬほど青空で桜が満開だった。それを見て私は5億年ぶりくらいに声を出して泣いた。

これから毎年、桜をみるとこのことを思い出すんだろうな、と思ってしまう

仕事があってよかった

とはいえ、その日もしっかり仕事があって、しかもかなり大きめの仕事があったので休むわけにはいかなかった。

涙をふいてオフィスに顔を出した。が、早く流産なのかどうかを確定させたかったのでオフィスついてすぐに、最初に行った産科に2時間後の予約をとった。

最初の産科でもやはり稽留流産ということだった。アホな話なんだけど、流産の流れるってこの歳まで比喩だと思っていて、本当に流さないといけないものだとは知らなかった。まだ子宮に残ってしまっているので自然に出たらいいけど、1週間くらいして出なかったら手術で出しましょう、ということだった。マジか、手術はやだ。

面と向かって先生に「残念ですが…」と言われた瞬間に5時間ぶりにまた声を出して泣いてしまった。泣くと過呼吸になってしまうタイプなのでなおさらカオス。
すごく無表情だった先生がティッシュを差し出しながら「妊娠初期の流産は、母体は全く関係ないからね。染色体異常とかで、そもそも育てなかった受精卵なんだよ。あの時こうしておけば、とか考えてしまうこともあると思うけど、それは全く関係ないんだよ。とにかく、妊娠ができる体だったことがわかったからね。本当によかったよ」と言ってくれて涙腺が爆発した。

この時、既にアポの時間をオーバーしていた(社会人なので遅れます連絡は事前にしていたけど)。速攻、涙をふいて真っ赤なリップを引き、目が赤いのを目立たないようにしてタクシーに飛び乗った。

たくさんの方の門出を祝い、100人くらいの方々前でお話をするという、今の自分なんかには恐れ多いほど大きな仕事だった。死ぬほど辛かったけど「これをやりきったら自分はかっこいいぞ…!」という謎のプライドで完遂した(と思う)。

仕事があったおかげでそのことを考えずに済んだ。仕事は心の底から楽しかったし、達成感がすごかった。辛かったり楽しかったり、人間は不思議な生き物だなと思った。

家に帰ったら夫が私が大好きな銘柄のワインと美味しいツマミを大量に並べて待ってくれていた。なのに、自分はそれを見るまでもなく、玄関をあけた瞬間にまた声を出して泣いた。夫が「大丈夫大丈夫」って背中をなでてくれたが、何が大丈夫なのかよくわからなかった。ご飯の味はよくわからなかったが、久しぶりに飲むワインは美味しかった。

救急車にお世話になる

翌日は普通に出勤した。が、なんだか体の調子が悪かった。なんとなく貧血っぽい、ふらつく。

早めに帰って横になったけれど、めっちゃお腹痛い。子宮がヤバイ痛い。普段の生理痛の2億倍くらい痛い。なんだこれ、痛すぎる無理パニック。
あとあと調べたら、育たなかった胚?を排出するために子宮が陣痛的な感じで押し出すのに収縮を繰り返すのが痛いらしい。これが失神するかと思うくらい痛い。

夫が救急車を呼んでくれた。人生で初めて救急車に乗った。

救急外来の看護師さんはすごく怖かった。多分彼らからすると、毎日大量にくる救急の患者さんの中ではよくある症状なのか、早く帰れと言わんばかりに「山口さん(私の新姓。岩崎は旧姓でビジネスネーム)はどうしたいの?!私は山口さんに話しかけてるんだよ?!帰る?!どうする?!」と捲し立てられた。でも帰るとか帰らないとかでなく、とにかくただ痛いので「痛いです…」としか言えない自分と看護師さんでこの会話を5回くらい繰り返した結果、精神を壊した自分は子供のように泣いてしまった。私こんなところで何してるんだろう…と思った。

病院にいると心まで壊れると思い、痛み止めを打ってもらって、最後の意識で家に帰った。深夜4時半に車で迎えに来てくれた弟には感謝している。

お医者さんによると、とにかく排出するしかないとのことだった。見る人が見たら卒倒するだろう量を既に出血していたのだけど、それを出し切れ、という話だった。貧血+お腹の痛みで失神寸前だったのだけど、出せば楽になるらしいという話を信じ、トイレで止まらない血を眺めるだけのすっからかんの人間になった。

夫が倒れる

これが一番可哀想だった。

生まれ育った実家の部屋にデカデカと「堅忍不抜」と貼ってあるような夫は、基本的に仕事でもなんでも愚痴も弱音も言わない。
流産がわかってからも(私の前では)一度も弱音を吐かず、すっからかんになった私の身の回りを全部やってくれていたのだけど、突然高熱で倒れた。転職したばっかりな上に、すっからかんになってしまった妻の世話を1人でして、逃げ場もなく相当疲れてたんだと思う。本当に申し訳なかった。

すっからかんの私と高熱の夫に変わって、弟が世話をしに来てくれた。元気ざかりの犬も預かってくれた。弟も部署が変わったばかりの慣れない職場で早速リモート勤務にするなど無理をしてくれて本当にありがたかった。

部屋のなかのゾウを無視しないでほしい

そもそもこのことを秘密にするのか、人に言うのか、はたまたこんなふうに公表するのか悩んだのだけど、

・私が妊娠、流産に対して知らなすぎたことを後悔しているのでおこがましくも皆さんには生々しくお伝えしたい
・本件をなかったことにしたくない

という思いがあり、書いている。

私が最近、偶然読んでいた本に「部屋のなかのゾウを無視しないでほしい」という一節があった。

FacebookのCOOシェリル・サンドバーグが夫を亡くした際に書いた(私が大好きな心理学者でGIVE&TAKEの著者アダム・グラントとの共著)、人生でどうしようもなく辛いことがあったときのためのオプションB(次の選択肢)の話だ。

「部屋のなかのゾウ」ってなんやねんって感じなんだけど、皆が見て見ぬふりをするような問題を英語では「Elephant in the Room」というらしく、それを無視しないでほしいという一節があった。
具体的にはシェリルの場合、夫が亡くなったことをみんな知っているのに、誰もその話をしなくなった。それが一番辛かったと。自分も流産したことを一部に報告した際に、数名の先輩起業家やVCの方、友人から「なんて声をかけたらいいのかわからないけど、本当に辛かったね」とDMをいただいた。本当にそれだけで、すぅっと心が楽になった。多分本当になんて声をかけたらいいのかわからないから、みんな気を使ってくれてその話を避けると思うんだけど、特に自分の場合は触れてもらえると嬉しかった。

「大変だったね」「辛かったね」と言っていただくと多分泣いちゃうしとても厄介だと思うのだけど、それも含めて自分の人生なので今後その話はどんどんできると嬉しい。

会社の人たちへの感謝

とにかく会社のメンバーには感謝しかない。

入社1週間もたたずにたくさんの負担をかけてしまった新卒にも、代打でアポに行ってくれた副業メンバーも、泥臭いことも厭わず自走してくれたインターンメンバーにも、彼らが困ったときにサポートしてくれたお兄さんメンバーにも本当に助けられた。私がいなくても(多分彼らの負担は尋常じゃなかったと思うけど)、ちゃんと回っている会社を見て、本当に誇りに思ったし「私が育成しよう!」なんて思っていたことをおこがましかったんだなと気付いた。人が人を育てるんじゃなくて、仕事が人を育てるんだな、と。

迷惑かけといてどの立場で言ってんねんって話だけれど、彼らがすごく成長しているのを感じた。すごく嬉しかった。手前味噌だけどすごくいい会社だと思う(実際みんなはこんな美談でなくすごい大変だったと思うけど…)。

いろいろ不完全な代表で迷惑ばっかりかけてるけれど、これからもよろしくお願いします。

社外の皆様もアポの再調整など快諾いただきまして、本当にありがとうございました。返信が遅れていたり、オフィス移転祝いのお礼が遅くなってしまって本当に申し訳ありません。週明けには全快予定ですので、引き続きよろしくお願いします。

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