

日本における「可愛い」問題
ピンクのエプロンが如何に女性を参らせるか
By Sophie Knight




日本の科学者である小保方晴子が、今年のはじめ幹細胞に関する革新的な研究結果を発表した時、メディアは沸きに沸いた。 — ただし、それは、彼女の業績によるものではない。彼らは、彼女がまとっている、普通に考えるような研究者の白衣ではない、日本の伝統的な主婦のエプロンに興味があったからだ。
小保方の服装の選択は、わかりやすかった。エプロンという、家庭のシンボルが彼女の明晰な知性をまろやかに演出した。cute、要するに「可愛い」ということだけが、女性が社会で流通するのに値するものなのだ。
日本の「可愛い」に対する態度や、その女性性への近接は、女性が高く、歌うような声を持ついうことに依っている。子供っぽいジェスチャーや態度を使い、決して男性に挑むことがない。向上心や知性、はっきりした意見を持って挑むような人は、「強すぎる」と言って忌避される。
だから、小保方のエプロンは、彼女の科学的な業績から目をそむけさせ、メディアの努力に依って、科学者には珍しい女性として映ったのだ。ピペットを持ったバービーというわけだ。
「可愛い」ということは、脆弱、貧弱、無力ということだ。cuteは、有能さと反対にある。もちろん、それは好ましいことだ。可愛い物を愛でることは、母性を刺激するし、エンドルフィンを発散させる。これが、私達がYouTubeで転がりまわる動物の子供を何時間も眺める理由だ。しかし、可愛いものは、尊敬するのが難しい。
その結果、日本では女性は適切に扱われない。世界経済会議で性的平等に関しては、136カ国中105位に位置し、IMFのChristine Lagardeのようなエコノミスト、コメンテーターらによって、労働人口における女性の割合が低い点、特に経営層に低いことが、この二十年の経済の不調を助長していると指摘される国だ。
総理大臣の安倍晋三は、彼の掲げるWomenomicsプロジェクトが女性の労働現場への参加や重要なポジションへの登用を促進させると楽観的だ。しかし、保育所の数を増やしたり、企業に女性幹部の数の報告を義務付けるだけでは、女性がどのように活動し、どのような社会的役割を果たしうるのかという、性的なあり方への突っ込んだ解明は行われそうにない。
過去十年のフェミニズムにおける強烈な流れが西側世界を一掃したにもかかわらず、日本は自身の動きについて適切に果たしていない。しかし、困ったことに、多くの日本の女性は力を得ることを望んでいないように思える。小保方のように、可愛い物が大好きで、承認を得るためにバカバカしく、適当に振る舞うの人が多くいる。女性の願望の第三位は主婦になることだ。70%以上の人が子供を持った際に退職する。
お茶を汲んだり、電話に出たりすることしか任されていない時代に、誰が彼女らを責められよう? 日本企業において、多くの女性はお飾りなロボットとして扱われている。意欲が減退しても不思議ではない。
小保方は4月にエプロンをハンガーに掛けた。彼女の研究は反証がなされ、論文を取り下げることになった。彼女の上司は残念なことに、「責任を果たす」と自殺することになった。しかし、彼女の栄光からの転落は科学の世界に広く憤怒と悲嘆を巻き起こす一方、日本では、こう理解されている。「女の子が科学をいたずらに扱うものではない」と。
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