各年代で重要なゲーム50選 part.2

(原文:http://www.pcgamer.com/most-important-pc-games/)

Page2: 1981-1989年

Wizardry

発売:1981年9月 | 開発:Sir-Tech

何故重要か:最初期のCRPGの1つであり、そのジャンルの将来像を掴む手がかりを示した。また本作はそれから長期にわたって発売されるWizardryシリーズの最初の一本であり、日本におけるRPGの始まりを助けることになった。Ultimaと共に大ヒットとなり、ゲームがなんたるかを方向付けた。また本作はドラゴンクエストのゲームデザインのベースとなった。


Wizardryは私が珍しく度ハマりしたゲームの1つだ。白と黒の線で描かれたダンジョンは、今の3Dゲームと比べたら、それはもう全く原始的なものだ。それにも関わらず、Wizardryは私をファンタジーの世界に浸らせてくれた。リアルそっちのけで何日も夜遅くまで、狂王のダンジョンの探索に勤しんでいたものだった。

Wizardryは何故成功したのか?1つの理由として、Wizardryが作りだした世界を挙げることができるだろう。あたかも独自の摂理を持つ生きた世界であった。そして当時のゲームでは考えられないほど広い世界であった。それは見た目に反して、遥かにリアルに感じられた。また、Wizardryが非常に難易度の高いゲームであったことも理由の1つとして挙げられるだろう。そこでは少しの油断が命取りとなる。油断すればパーティは全滅し、それを救ってくれるセーブポイントもない。しかし、その難しさは理不尽なものではなく、スマートなプレイに対してはそれ相応の結果が現れるようになっている。最後に、Wizardryが素晴らしく濃い体験を作るために、非常に丁寧にバランスが調整されて、作り上げられている事が挙げられる。

当時、Wizardryは初期のUltimaと共に、ゲームデザイナーとしての私に多大な影響を及ぼした。私に限らず数多くのデザイナーたちがこれらのゲームの上に立っていると言えるだろう。―Paul Neurath


Pinball Construction Set

発売:1983年 | 開発者:Bill Budge

何故重要か:現代の標準からすれば比較的シンプルではあるが、しかしこれは、コンテンツをプレイヤーが自作し、友達と共有するという概念を形にした、最初のゲームである。インターネットが登場して、MODやステージ作ることが当たり前になる遥か以前の話である。


若造や、ビデオゲームがない頃にはな、ピンボールがあったんだよ。0と1が世界を支配する前は、ピンボールのアーケードにありったけの金と時間をつぎ込んだものさ。お気に入りのマシンに小銭を食わせてな。(わしのお気に入りはCaptain Fantasticだった。)Red Vinesをかじりながら、AC/DCを大音量で流し、昨晩のラブ・ボートのエピソードを語らう日々。あのころは良かった。

ピンボールは、Space InvadersやPac-Man、Donkey Kongが登場して間もなくゲーセンの片隅に追いやられることになった。しかし1983年、Bill Budgeという1人の天才が、革命的で魔法のような製品を生み出した。自分の家で、デジタルの世界で楽しめるピンボールだ。だがそれだけではない。Pinball Construction Setは、元々はApple IIeとAtari 8-bitシステム向けのゲームであり、プレイヤーに初めてツールセットを用意したゲームであった。つまり、スーパーマリオメーカーやMinecraftといった、プレイヤーが自分で物を作って、友達と共有することができるようなゲームの直系の祖先と言うことができるだろう。

Pinball Construction Setは重要な一作である。それはゲームの新たな可能性を見出した。それは何千何百というプレイヤーにゲームを作ることが、それを遊ぶことと同じぐらいに楽しいことであると気づかせたのだ。Pinball Construction Setはこの記事に載っている他のゲームと比べるとやや印象が薄いかもしれないが、その影響は言及するに値するものだ。あなたが一番好きなゲームは―ひょっとしたらここに載ってる他のゲームかもしれないが―この画期的なゲームデザインを味わった人の頭から生み出された一作かもしれない。―Jeff Green


King’s Quest

発売:1984年5月 | 開発:Sierra On-Line

何故重要か:本当のアドベンチャーゲームの始まりはここからだ。全て探索可能な世界、動くキャラクター、3D…ストーリー展開や文章はそこまで秀逸とは言えないが、このゲームにおける技術的および創造的飛躍は、特筆し敬意を払うに値するものである。


King's Questは全く複雑でない純真な前提から始まる。3つの宝を持ち帰れば、王位を授けよう。ね、簡単でしょ?

元々は来る(不幸な結末となってしまうのだが)PCjr向けの見本品としてIBMに委託されて制作されたゲームだったが、その動くグラフィックスとスプライト、サウンドによって観衆を魅了した。

当時は、King's Quest: Quest for the Crownは技術的に非常に優れた傑作であり、King’s Quest Iのパッケージには「3-Dアドベンチャー」と銘打たれていた。今となってはお笑い物だが、1984年当時は、歩くアニメーションをしながら前に進んでいくゲームを見たことある者などいなかったのだ。

King's Questのストーリーはいつも強引なものというわけではない。強引ではないが、最初にGraham子爵の紹介から始まる。「Graham子爵は間もなく王位を継承し、Daventryの王国の英雄となる人物である」と。(その将来を映す「魔法の鏡」は重要なプロットとして、King's Quest系のゲームで度々みられるが、その起源はここにある。)King's Questシリーズとは別に、この作品をベースにSpace Quest(1986年)やLeisure Suit Larry(1987年)、風刺的な作品のPeasant's Quest(2004年)が生み出された。残りのKing's Questシリーズもストーリー面および技術面で進化を続けて、傑作へと成長していった。King's Quest IV: Perils of Rosella(1988年)は「コンピュータゲームは人を涙させることができるか?」(私の場合答えはYesだった。)という問いで有名だった。King's Quest VI: Heir Today, Gone Tomorrow(1992年)に関しては、1993年に発売されたCD-ROM版のパッケージに引用されていた、Peter Spearの言葉が印象的だ。「CDゲームの時代が来る」、彼はCDが普及する前にそのことを知っていたのである。

Graham王彼自身は、シリーズ作のKing’s Quest II: Romancing the Throneだけでなく、5作目のAbsence Makes the Heart Go Yonderでも主人公であった。2015年、Grahamは再びKing's Questの新シリーズで主役を務めることになった。この時はThe Odd Gentlemenによってデザインされた。もし売り出されれば、喝采を受けて、その長寿を評価されるのは当然として、Daventryの王家がまさにコンピュータゲームにおける「ファーストファミリー」であることもまた明らかである。一つの時代を築いたと言えるだろう。―Jenn Frank


Ultima IV

発売:1985年9月 | 開発:Origin System

何故重要か:モラリティシステムの大部分はここで始まった。このゲームは悪者を倒すことに焦点を当てずに(つまりそれが少なくとも最終的なゴールではないということ。)、自分がヒーローとなることに焦点を当てたRPGである。ここでのヒーローとはすなわち「the Avatar of the Eight Virtues」であり、そのヒーローは我々の世界とブリタニアの両方の可能性を明らかにするためにいるのである。


1978年に私は初めてDungeons & Dragonsをプレイした。

その経験は文字通り、人生を変えた。語り手によってストーリーが語られるのではなく、友人と共にストーリーを語る経験は、他のどんな経験よりも衝撃的であった。その後の私の人生とはすなわち映画とゲームである。私は何でも遊んだ、RPGやボードゲーム、その他色々。その後、コンソールとコンピュータゲームが現れた。TRS-80やAtari 800、Atari 2600、Colecovisionと共にそれは始まり、その後、IBM PCやその他模倣品なども現れた。

当時の私のお気に入りのゲームは全てRPGとして及第点だった。「及第点」であると言うのが最も適当な説明だろう。どのゲームもD&Dにあった特徴を何らかしら取り入れていた。例えばStrength, Dexterity, Constitution, Intelligence, Wisdom, Charisma,といったステータスやそれがEXPを得ることで上昇すること。またキャラクターのクラスも伝統的だった。すなわちファイター、メイジ、パラディンなど。そしてそれらの能力や限界はテーブルトップRPGで作られたものと同じだった。キャラクター属性があり、D&Dのようにダイスロールでゲームプレイが行われた。ストーリーはどうかといえば、ほとんどはモンティホール問題のようなダンジョン探索物だった。(私がRPGで一番やりたくないものである)。プレイヤーは通路を下って行って(トラップを避けながら)、扉を開いて、部屋に入って、中のモンスターを倒して、それが守っていた財宝を頂く。無限ループだ。これが「ストーリー」さ。

要するに、こうした初期のCRPGはそのロールプレイの部分はそれほどロールプレイっぽくなかったということだ。でも振り返ってみると私はCRPGを楽しんでいた、理由はよく分からないが。それは独自性、創造性に富んでいたわけではなかった。そしてストーリーはかなり不完全だった。(オブラートに包んで言えば。)

その後1985年辺りにUltima IVが現れた。それは突然現れたわけではないが、それとの邂逅は雷に打たれたかのようで、私にとっての全てがすっかり変わってしまったのは確かだった。この作品はダンジョン探索ゲーではない。哲学的な旅をするゲームであり、それは富と栄光の探求とか、その・・・いわゆる・・・悪いことをして世界を脅かす悪漢を打ち倒すための旅といったゲームではなく、道徳的観点から自分がどう振る舞うかで自分の能力が決まっていくようなゲームだった。

このゲームが登場したころから何かが変わったことが分かるだろう。キャラクターの特徴や能力を決定するためのダイスロールはなくなった。代わりにそこには質問を投げかけて来るジプシーがいた。その質問はどれも白黒はっきりしないもので、自分にとって正しいか間違っているか判断しなければならなかった。キャラクター作成は幻想を生み出すことではなく、自分の理想を作りだすこととなった。そのキャラクターはフロドやコナン(訳注:恐らくガチムチの方)ではない、プレイヤー自身であった。

そして目標は何か?そこには打ち倒すべきラスボスもいなければ、無意味なダンジョン探索もない(少なくとも最後までは。)が、Britanniaの地を巡る旅があった。その目的は真実と愛と勇気の3つの原理を極めることであり、それは8つの徳によって表されていた。すなわち慈悲、誠実、武勇、名誉、献身、正義、霊性、謙譲の8つである。

注意して欲しいのは、これらは戦場やダンジョンでは何の役にも立たない事だ。プレイヤーは完璧な自分の探求の道にいるのであった。徳の模範すなわちアバターとなるための旅路だ。そしてそうする中で二つの事が起きる。一つはプレイヤーはBritanniaの民に働きかける者となるだろう。今一つはプレイヤーは自分自身を知り、世界を知ることになるだろう。現実の世界を。

まさに目から鱗だろう。

ストーリーの詳細も語れればと思ったが、はっきりと覚えてないので難しいが、これだけは言える、Ultima IVのストーリーは、当時私がプレイしたinfocom製ではないゲームの中で最良であったが、そのストーリーはそんなに重要ではなかったということである。

ゲームで感じたこと。それが重要である。Ultima VIは他のゲームと比べて最も私に、リアルなロールプレイ体験を与えた1作だった。その経験は私が友達と1978年に経験したようなものだ。その経験だけでも十分であったが、それは私をテーブルトップゲームからコンピューターゲーム開発へと駆り立てた最初のきっかけにもなった。そしてその情熱の目標は、人々に友達と物語を語り合う経験を与えることであった。物語の執筆だけでなく、冒険や偉業を皆と共有することであった。

これが私が32年間かけて成し遂げたかったことである。D&Dの再創造。そして全てはUltima IVから始まった。ロード・ブリティッシュよ、本当にありがとう。―Warren Spector


SimCity

発売:1989年2月 | 開発:Maxis

何故重要か:最初の都市建設ゲームであり、シミュレーションゲームにおける驚異的な飛躍といえる。現在からすれば原始的な外見ではあるが、あなたは世界を見おろし、いくつかの区画を用いて生き生きとした世界を自ら築き上げていることを実感できる。その後ゴジラに踏みつぶされることになるのだが。


1989年に発売されたSimCityのゲームデザイナーのWill Wrightと私たちが話したとき私は、彼はまるで犬か何かと話している気分なのだろうなと思った。彼はそれだけ遥かに高いレベルの知能を操る人間であり、その知能の高さたるや、我々が理解できるようにするために、彼はわざわざ注意深く語彙を選択しなければならない程であった。彼が自分の作品を我々に見せる前の話である。

SimCityが彼が私たちに向けられた最初の作品である。(あるいは、もしあなたが1984年に発売したRaid on Bungeling Bayを数えるなら、SimCityは2作目となる。この作品はかなり面白いゲームに違いないが、今一人目につかなかったようだ)。Bill BudgeのPinball Construction Setと同様、SimCityもプレイヤーに創作する楽しみを与えたゲームであり、それが始まりと終わりがある単純なゲームプレイよりも楽しいものであることを気付かせたゲームの一つと言える。(しかし実はSimCityには『勝利条件』は用意されておらず、ずっと楽しめるゲームではあったのだが、そのゲーム性故に、Wrightはパブリッシャを説得するのに苦労することになった)。SimCityは楽しいゲームであると同時に教育的なゲームでもあった。魅力的なゲームプレイに引き込まれて、プレイヤーは都市計画者、土木業者と化す。そこでは区画整理や税制、電力網を考えることが、エイリアンやナチスやナチスのエイリアンを撃ち殺すのと同じぐらい楽しい経験となっていた。

また、このゲームがコンピュータゲームの一時代を築くことになることを知る者は当時いなかっただろう。SimCityがきっかけとなり、その後色々なSimゲームが登場した。駄作から良作まで色々あった。(Streets of Sim Cityはなかったことにしたい)。その最高傑作はいつの時代も誰もがこよなく愛するゲーム、SimCopterだろう。(というのは冗談で、もちろんThe Simsである)。そして、Rollercoaster TycoonなどのビルディングゲームはSimCityのお陰で生まれたと言っても過言ではないだろう。

SimCityは第1作であったが、それは今でも通用する。それは我々に、勝利が何にも勝る楽しみなのではなく、交通渋滞の解消こそが何にも勝る楽しみであると教えてくれるゲームである。―Jeff Green