STOインタビュー その3
低引 稔さん(フローレンス→カタリバ→個人事業主)

Yuko Mitsumoto
27 min readSep 29, 2019

--

ソーシャル・テクノロジー・オフィサー(STO)創出プロジェクト、STOへのインタビューとして、低引さんにお伺いしました。
https://sto.code4japan.org/

▼低引 稔さん
2006年にNPO法人フローレンスに新卒入社。病児保育事業部長、おうち保育園事業立ち上げを担当。2011年に認定NPO法人カタリバ入社。経営管理本部ディレクターとして、組織の成長を基盤づくりから支える。
2018年に独立し、バンガシラをスタート。ソーシャルベンチャーの組織基盤づくりのハンズオン支援、社会的投資事業の立ち上げ・運営に取り組んでいる。

――STOの話を聞いたとき、これって自分の事だと感じましたか?そうですね、はい。僕の事だなと思いました。
――般的なエンジニアとSTOの違いはなんでしょうか?いわゆる企業でいうCTOとかCIOに近いものだと考えれば、経営観点からシステムを活用するというところは共通しているかと思います。これがSTOになって何が変わるかというと、やはり社会課題の解決だと思っています。事業の収益性や効率化だけでなく、社会課題の解決にシステムをどう活用できるか。課題をうまく解決する、あるいは広く社会的インパクトを生み出す、こういった観点からテクノロジーを活用するのが、STOだなと感じています。
――NPOの人的リソースの中でIT人材が占める割合は少ないですよね?人材は不足していると思います。僕は現在、個人事業でいくつかのNPOに携わらせてもらっていますけど、システムを活用したらもっとインパクト出せるだろうなという事業者さんは見受けられます。
――もっとインパクトが出せそうな事業者というと、具体的には?ボランティアに多く関わってもらっているNPOは、もっとシステムを活用した方が良いと感じます。
ボランティアは非常に限られた期間の中で成果を出していく形になります。この人たちを集めて、現場に出てもらって、実際に受益者さんにインパクトを出すっていうところまでたどり着くには、研修や蓄積したノウハウを伝承していくっていう事が必要です。ここをボランティアの方に任せていると、どうしても組織としてノウハウが残りづらい。ナレッジが蓄積されないと、育成する体制も作りづらくなります。
そういった取り組みの中にシステムを入れて活用していくと、もっと人が育つ仕組みが作れるなという事を感じています。
カタリバの事例だと、ユニーク1000人、延べで4000人のボランティアが年間関わってくれてましたけれども、その育成を職員ががんばって取り組んでいたところから、学生のインターン達に任せるようにしたんですね。そうすると、どうしても距離ができてしまって、育成のクオリティコントロールが難しくなります。ここで、ボランティアのリピート率やボランティア説明会から現場に出るまでのコンバージョン率などを測り始めて、それを学生のインターン達と一緒にモニタリングするようにしていきました。
数字ではっきりと差が見えるので、それをきっかけに、どんな改善ができるだろう、何をしたから良い結果になったんだろう、というような会話が始まったんですね。
育成のきっかけとなるような情報が現場から取れるようになってきたので、ボランティアがボランティアを育成する体制を作れるようになりました。また、それが数字的に予測できたり、現場でのクオリティコントロールにも活用できるようになりました。このようなシステムの活用をすると、おおよそのNPOで、もっとインパクトをだせるんじゃないかなと感じています。
――ソーシャルセクターは、全般的にIT活用が遅れていると感じますか?やはり遅れていると思いますね。例えば、Googleフォームやスプレッドシートなどで寄付者のデータを収集して、効率良く正確に処理するような活用は広まってきていると思います。でも、それをもっと分析的に活用して、支援の質の向上に生かしていくような取り組みは、まだ弱いと感じています。
――その原因はどこにあると思いますか?経営メンバーが、まだテクノロジーの活用についてイメージや知識を持てていないという事が大きいと思います。
また、僕自身が感じているのは、NPOの取り組みには、すごく手触りが重要だという事です。課題を持ってる人に直接アプローチしているという手触り感ですね。これがすごく重要視されているように感じています。
こういった事を一つ一つやっていると、とても非効率ではありますが、全人格的にサポートをするという事はやりやすいと思うんです。システムの活用っていうのは一定程度、効率性を求めていく事にはなりますので、本能的に拒否反応を示す方も多というのは感じていますね。手間がかかる分かわいくなるみたいな、そういった現場の手触り感というのが、NPOでのITの活用を阻んでいると感じる事はあります。
――そこに低引さんのようなSTOが関わる事で、どのように変わると感じていますか?大きく2つ、大事にしている事があります。
1つは、効率化によって業務時間が削減できれば、その分、受益者の対応時間を増やしたりできる。あるいは、NPOの人たちはちょっと働きすぎなところもありますので、少し休んで、一息入れた上で次の現場に向かおうね、という時間を生み出す。こうする事で、現場の手触り感を損なうのではなく、もっと広げられたり、より良い支援に向かえると思っています。
もう1つは、PDCAサイクルを回す上でシステムが活用できるという事です。特に経営者の属人的な感覚を超えて、組織としてインパクトを出そうとしたときに、経営者が持っている改善のノウハウなどをシステムに移し変えていって、より良い支援につなげる事ができるという事です。
――小規模なNPOはIT活用をしづらい状況のところが多いと思いますが、どのように対応されていますか?僕自身混同してしまうのですが、IT活用と言う時に2つの全く異なる観点から注目する必要があると考えています。
一つは業務改善への活用です。
この点では、小さいNPOさんだと、ITでインパクトを出せる閾値っていうか、限界っていうのは割と近い、すぐに訪れるという感じがします。
システムの良いところは、反復して人がやっている事を自動化させたり、効率化させるところですので、組織の規模が小さければ、その分だけ効率化できる部分が限られてくるのかなと思いますね。
フローレンスとカタリバは共通して、かなり初期の頃から、3年後、5年後にもっと大きな規模でインパクト出していこうという事でシステム投資に取り組んでいました。お金をかけるっていうよりは、プロボノに入ってもらったり、SaleforceやGoogleなどの安価なシステムをうまく活用してきました。
アドバイスとしては、業務が安定するまで、ExcelやGoogleスプレッドシートで頑張って型をつくって、その後システムに置き換えていきましょうっていう事です。新しい業務を組み立ててながらシステムを一緒に開発するのは、すごく難しいです。まずはGoogleスプレッドシートなど、手元のリソースで業務を安定化させる事を提案しています。
2つ目の活用は、コミュニティ運営への活用です。
この点では組織の大小は関係ありません。社会課題解決は、その課題に気づいた組織や、その職員の人たちだけで取り組むものではありません。多くの共感を引き出し、一人でも市民に知ってもらい、参加してもい、行動してもらうことが大切です。
ボランティアがボランティアを育てるという事例を先にお話しましたが、より多くの方を社会課題解決の“当事者”として参画してもらい、かつ自発的にコミュニティが大きくなるような土壌をつくる上で、ITは非常に役立ちます。Code for Japanさんが生み出している世界観、コミュニティがまさにロールモデルだと考えています。
――低引さんのエンジニアとしての経歴は?僕自身は、あまりエンジニアという自覚がなくて、SIerに近い、プロジェクトマネージャーという認識です。スタートの時点から、STOの駆け出しのようなキャリアを歩んできたように思います。
僕はもともと高校の先生になりたくて勉強してたのですが、先生になって授業で何かを教えるというよりは、学んだ先にどんな働き方があるのかっていうのに関心がありました。社会課題を解決するような働き方を高校生達に教えられないか、そんな事を思いながら勉強している中で、フローレンスに出会いました。2005年、大学4年生の夏ですね。そのままフローレンスで学生インターンを始め、新卒で入社しました。
当時、病児保育の取り組みがスタートして一年目で、利用会員さんは38名ほどいまして、これをもっと当たり前の社会インフラとして成長させていこうという事を話していました。元々データベースで管理するっていう事にはすごく意識が強くて、創業してすぐにSalesforceを導入して、利用者さんの情報を管理するって事をやっていました。
僕の前任のインターン生が創業当初から(フローレンス代表理事の)駒崎さんの右腕になってSalesforceの構築をやっていて、その作られたものを僕が引き継いで担当し始めたという形ですね。
――その当初、低引さん自身にITの素養はあったのですか?それが、全くなかったんですね。大学で物理学科にいて理系の人間だったので、Excelを使った作業には、辛うじて耐性があったという程度です。他は子育てを終えた女性など、保育するのが好きでフローレンスに来ているので、情報管理など一切やりたくないという中で、僕はSalesforceのコードなどを見ながら、楽しんで触れる人間だったので、担当する事になったという感じですね。
――新卒で社会に出ようと思った時、ソーシャルセクターという選択肢は自分の中にあったのですか?なかったですね。元々は先生になりたかったですし、本当に偶然の出会いです。
そもそも、フローレンスでも新卒の募集はなかったですし、駒崎さんもそういう人材を採用するつもりもなくて。設立から2年目で、新卒を雇うような体力はなかったので、駒崎さんもすごく困っていました。
僕は元々、大学院で勉強したいぐらいだったんで、お金を払って大学院で勉強するよりは、お金もらわなくっても良いから、フローレンスでやらせて欲しいっていう事を言って、それなら10万円ぐらいで良ければという事でスタートしました。
一年目が終わる頃には、15、6万ぐらいにはなっていって、翌年には一般的な水準まで上がりましたけど。
――フローレンスのように急成長するNPOは珍しいと思いますが、どのような実感がありましたか?最初の3年は、いわゆるベンチャー企業と同じだったと思います。
病児保育という新しいサービスを本当に良いクオリティのものにしようと、みんな一生懸命やっていました。一般企業でも通じるような通用するクオリティコントロールをしていて、商品としても課題を解決するっていう意味でも、すごく高い目標を置いて取り組んでいました。
――その中で低引さんの仕事は、どのように変化していったのでしょう?システム業務は全体の1/10ぐらいで、利用会員さんの説明会の運営や保育スタッフの募集、採用面接、研修など全般的に担当しました。
最初の3、4年は、基本的には病児保育事業基盤を成長させるための取り組みっていうのをずっと担当させてもらっていました。
システムがフローレンスの組織の成長を支えるようなフェーズに入ったのは2008年頃、僕が入社して2年目、事業としては3年目ですね。
利用会員さんが200名を超えて、300名を超えるぐらいの時にシステム入れ替えたんですね。
利用者さんからの保育依頼を電話やメールで受けていたところから、システムを通じて申し込んで頂く。あるいはお子さんの情報をSalceforceのデータベースを直接、編集して頂くようなシステムに切り替えたのが2008年です。
これによって業務は劇的に改善されました。今、病児保育の利用者さんが6000名まで増えていますけれども、その基盤というのは、基本的にはその時に作ったシステムです。
3年間、色々な業務全般を統括していましたので、これをシステムに置き換えるときに業務プロセス全体を書き出して置き換えていくという事を担当しました。このシステムを通じて、利用者さんへの請求や保育予約、保育スタッフの給与計算まで全部やりましたので、それらをつなぐシステムを開発するっていうのが、私が担当させてもらった一番大きなプロジェクトですね。
――プロジェクト管理のスキルはどうやって磨いたのですか?体当たりで、失敗しながら学ぶ形ですね。SVP東京さんが2006年から3年間伴走支援して下さって、業務設計や、データベースの構築の仕方、そしてプロジェクトを進める上で必要な観点をこの時に教えて頂いた事がすごく大きかったと思います。
プロジェクト管理として一番学び深く、また大変だったのは、労務環境の整備でした。法令を学び、規定をつくる中でルール設計を進めることはもちろん、給与に関わったり、仕事に対する皆さんのスタンスの違いを対話を通じてつなぎ合わせていく作業は、とても苦しく、完成した時の喜びも大きかったです。
――フローレンスを離れるきっかけは?2009年頃から、おうち保育園という小規模保育の新しい事業の立ち上げに関わらせてもらいました。この時、小さく作った社会課題のモデルが大きく広まる現場を駒崎さんの横で見させてもらって、すごく感動した思いがあります。こうやって社会を変える事業を作れるのかもしれない、という事を感じたのが1つです。
もう1つは、この事業を作った時に、すごく利用者さんに感謝されたんですね。これが僕にとっては違和感でもあって。待機児童で困る自治体も、そうでない自治体もあって、それは一人一人の行動によって本当は変えられたのではないかと。待機児童を作らない政治家に投票するっていう行動をすれば解決できたかもしれないものが、僕たちは事業によって解決できる。社会課題を事業で解決する取り組みを届けると共に、課題に気づき、声を上げ、行動を起こす市民社会のあり方そのものを生み出すような、そんなアプローチも取らなきゃいけないんじゃないかな、という事を思ってですね。
フローレンスの事業は非常に共感してたし、有意義だと思ってましたが、だんだん人も集まってきたのでその人たちに任せて、僕は別のアプローチしようという事で、離れさせてもらいました。そこで出会ったのがカタリバという事になります。
――カタリバとのつながりは?駒崎さんとカタリバ代表の今村さんが非常に濃い付き合いをSFCの学生時代からしていたので、フローレンスに僕が入職したタイミングで、カタリバのメンバーが視察に来てくれて、情報交換するという事がありました。それからも年に一度ぐらいはカタリバのメンバーと話をしたりとか、カタリバの管理部門の担当のメンバーとは付き合いがありました。
――当時、システム担当はいたのですか?システムの担当はいなかったですね。システムとしては目立ったものは入れていなくて、ボランティアの情報管理は全てExcelでしていて、それをがんばって処理するスタッフが2名いるだけでした。
――低引さんは、どういう立場で関わったのですか?まさにSTOの役割で入らせてもらいました。僕が個人事業を始めようと思うんですけれども、という事で相談をしていたら、ちょうどカタリバがシステムの導入を考えていてサポートしてくれないかという事で、3カ月の契約を結びました。
学校情報の管理とボランティア情報の管理をSalesforceに移行するという取り組みでした。
僕ともう一人、元々専任スタッフで管理部門を統括していたメンバーと2人で情報を整理しながら導入するという事をやりました。
現場には参加した事があったので、おおよそのイメージはあったので、1か月ぐらいのヒアリング期間で業務プロセスを洗い出しました。
初期の学校情報を入れ替えるという事に関しては3ヵ月でほぼできたのですが、ボランティア情報まで含めると、3ヵ月では全く足りなくて、それ以降に関してはまた追加の契約となりました。結局、3ヵ月の契約は7年半のカタリバ人生に置き換わりまして、長く関わる事になりました。
最初は業務委託で週三回訪問させてもらって、システムを構築したり、ヒアリングさせてもらうような契約でスタートしました。僕もすごく面白くなってきて、特にカタリバを通じて高校生が大きく変化する、そして出張授業を届ける大学生たちもすごく大きく変化してくんですね。で彼らの成長を見るのがすごく楽しかったし、それを支えるシステムの開発ができるという事で、わくわくしていたので、もっと長く関わろうと思うようになりました。
――STO的な役割という話でしたけれども、具体的には?僕がカタリバに入った時には、1名のフルタイムスタッフと、1名のパート職員で情報の管理だけをしていたので、この時間を圧縮させて、浮いた時間をもっと付加価値を生み出せるような管理業務に携われるんじゃないかという事ですね。
スタッフの業務時間とおよその給与を聞いていましたので、それを元に、システム導入したら、どれぐらい業務工数が圧縮できて、コストを削減できるか。その分をこういった業務に振り替える事で、カタリバとしてどのように成長できるか。僕としては経営者の気持ちになって提案をさせてもらって、当時カタリバが7000万ぐらいの事業規模のうち、150万くらいのシステム開発の案件を任せてもらいました。そういったシステム投資の意思決定に使ってもらえる情報を提供できたかな、と思っています。
――導入計画はどのような感じでしたか?大きく4つの取り組みがありました。
学校の情報、ボランティアの情報、寄付者の情報、メルマガ会員。この4つの情報をうまく連動させる形で、システムに入れて欲しいという話があり、それを順次入れていくという導入計画を作って担当させてもらいました。
――その時点で長期的なプロジェクトになると予想していたのですか?2010年の12月からスタートして、1年弱で後任の人に引き継げると考えていました。
しかし、2011年の3月に東日本大震災が起こりましたので、そのタイミングで僕の業務がもうがらっと変わってしまったんですね。
具体的には、大きく2つのミッションが加わりました。
1つは東北の被災地で学習支援をやり始めるという事で、お子さんの情報管理、学習情報の蓄積、そして心のケアの機能を持たせようという計画がありました。こういった、これまでにはなかった新しいシステムを作っていくという事を構想が加わりました。
もう1つは、当時カタリバは基本的には学校さんからの事業受託で運営させていましたけれども、東日本大震災の後の事業展開っていうのは寄付ですね。大口の法人、そして個人の方々からの寄付で賄うようになりましたので、この情報管理っていうのは、それまでのカタリバでは経験していなかったものを実装しなければならなかったので、その情報管理と経理体制を含めて担当させてもらうような形になりました。
――低引さんが入った事で、カタリバのシステムはだいぶ変わりましたか?劇的に変わったと思います。僕が参画したのはカタリバが創業して10年目の時です。この時点では、システム導入はほとんど行われていない状況でした。
現在は、すべての事業で基本的にSalesforceが入っていますし、勤怠や経費の承認フローなど、あらゆる業務がシステム化されています。
――そういったシステムは、岩澤さん(STOインタビューその2)が引き継いでいるのですか?そうですね。
僕自身は2011年の3月からは週3の雇用契約にして、2日は個人事業を受けてもいいよという形になりました。いわゆる副業ですね。ですが、2011年の末には、これはカタリバ以外は持つ事ができない、というぐらい業務が大きくなっていましたので、完全にフルタイムで雇用契約に移りました。
岩澤君が入ってくれた時も、フルタイムで正社員として入ってもらっていました。彼としては副業のニーズもあったんですが、まずは専念してくれというとこで、僕が退職するまではフルタイムで、副業なしで取り組んでくれていました。
――その時点で、低引さんはカタリバを離れる考えがあったのですか?岩澤君に入ってもらった当時は、全然なかったですね。
ただ、僕自身は管理部門を統括するにあたって、システムに特化する事はできなかったので。経理、人事、労務、法務などですね。法務案件もかなり多く業務量がありましたので、そういったものを全体統括しようと思った時に、当時はもうすでにカタリバの屋台骨になっていたSalesforceのシステム周りで、こういった案件の歩みを止めるわけにはいかないと。そういった中で岩澤君に入ってもらって、サポートしてもらっていたという事ですね。
――岩澤さんもシステムの他にも経理などを担当されていますが、カタリバぐらいの規模でもIT専門の人間を置くのは難しい状況ですか?いえ、岩澤君にシステム以外の事をやってもらうというのは、元々の僕の方針でした。
彼は学生の時にボランティアで取り組んでくれていましたので、現場経験をシステムに反映する事は多分できるだろうと思っていました。でも、システムとしては、それだけではなく、ちゃんと寄付者の方や所轄省に報告するとか、そういったところに正しい情報を発信していって、次の支援につなげていく、あるいは適正に運営している事を認めて頂くという事も求められます。
現場に貢献できるだけのシステムではなくて、そういった屋台骨まで支えられるようなシステム担当者になってもらうという事で、会計周りや認定NPOとしての報告周りも一部担当してもらっていました。
様々な経験を持ってもらおうという事で、かなり幅広い業務範囲を持ってもらっています。彼は向学心が強いというか、任せたらなんでも吸収してくタイプでもありますので、ヒーヒー言いながらですけれども、元気良く学んでいってくれたので、すごく頼もしく引継ぎできましたね。
――低引さんはNPOからキャリアをスタートしていますが、一般企業出身の岩澤さんに対して、違和感などはありましたか?岩澤君と仕事をさせてもらって、すごく勉強になりました。システムを構築しようと思ったときに、先々メンテナンスし続けた時、どんなところに課題がありそうか、それを潰そうと思ったら開発の時に何を検討しておかないといけないのか、二手三手先まで読んでいる。その読みの広さをすごく感じました。
僕は行き当たりばったりで、まずは作ってみて、課題があったら修正してっていうのを積み上げてきました。結果、後で修正がしづらい作り方になってしまったり、そういった事はどうしても起こってしまっていたので。企業で経験していて、そういう事を潰すノウハウがあると、もっと効率良く、後々のメンテナンスもやりやすいように開発ができる事を学ばせてもらいました。
――NPOの中にいると外のエンジニアとなかなか接点持てない気がしますが、何かネットワーク作りなどはされていましたか?データベースの構築では、プロボノのみなさんにすごくお世話になりました。SVP東京の皆様もそうですし、ボストンコンサルティングやアクセンチュアなどの方々が、色々とサポートしてくれました。
しかし、システムの構築やサーバのメンテナンスなどは、プロボノが入りづらかったり、採用自体も難しいところがありますので、未だに僕も苦手なところがあります。そういった人材に、このNPO業界に入ってもらうのはかなり難しいだろうと思っています。
なので、岩澤君のように、サーバ周りやセキュリティを担当できる人材がこの業界に入ってくれているっていうのは、すごく大きな事だと思いました。
――カタリバを辞めて、個人事業主になったのは?カタリバに在職中から、システムに限らず、管理部門全体を統括できる人材はソーシャルセクタ全般に少ないという課題意識がありました。そのため、カタリバだけではく、色々な事業者をサポートできるようになれないかと考えていました。
今メインでは3つのクライアントを持たせてもらっています。
――お付き合いのあった団体は、似たような課題をお持ちだったのでしょうか?システム周り、特にデータベースの構築ですね。寄付者や利用者さんの情報管理などに関しては、かなり共通するものがあります。
――今後は、どんどん対応先を増やしていくようなイメージですか?対応先を増やすっていうよりは、先進的な事例を作りたいと思っています。
今、コレクティブインパクトでフローレンス、キッズドアさん、RCF、日本ファンドレイジング協会さんなど色々な事業者さんが連合体を組んだ「こども宅食コンソーシアム」に携わらせてもらっています。
一つの事業者がイニシアティブを持つのではなくて、複数の事業者がリソースを持ち寄って、課題解決にあたるような事務局を作ろうと思った時に、システム管理や会計管理、あるいは法務の整備など、前例はほとんどありません。事業会社ではジョイントベンチャー方式や、大学のコンソーシアムなどもありますが、ソーシャルセクターにおけるコンソーシアム形式、コレクティブインパクトを生み出す事務局の事例は手探りで積み上げていくしかありませんでした。こういった事例っていうのをしっかり作っていく。他の事業者さんがやる時には、それを真似していってもらうと言いますか、同じ課題にぶつからない参考にして頂くように、広めていきたいと思っていました。
ですので、新しい事例に取り組むような時には、頭から突っ込んでいって、たくさん失敗しながら事例を積み上げていく。ある程度ルールを作って、他の人に参考にしてもらえるように、それを展開できるようにパッケージしていきたい、と思っています。
――モデルを作ってパッケージ化するというのは、具体的にどうやって進めていくのですか?そこにあまり戦略が持てていなく、正にSTOの取り組みに勉強させてもらいたいところがあります。STOとして、まずは色んな先進事例を作っているところだと思うんですが、マテリアルとして人材の要件を作ったり、事例を発信されていく形になると思いますけれども。こういった普段は日の当たらないところに光を当てて取り組まれている、みなさんの今の取り組みを参考にさせて頂きながら、僕も広げていきたいな、と思っています。
――低引さんのところには、色々なNPOから相談を持ち込まれると思いますが、どのように対応されているのでしょう?基本的には大きく2つのやり方をしています。
1つは、基本的には断らず、まず話を聞いてみるという事ですね。そこで考え方が切り替われば、それだけで解決できるという事もありますので、まずはそういった形で相談を受けてみるという事があります。
もう1つは、実際にハンズオンで入っていくやり方です。この時は組織の中に、定着させて継続させていく担当者がいる事が必須条件になります。そういった人がいなくて僕だけが入っていくと、僕がいないと回り続けないっていう形になってしまうので。ですので、作ったシステムをうまく運用し続ける人がいて、その人にアドバイスする形でシステム構築や業務の改善を進めていく事にしています。
僕が入る時には、だいたい半年、1年という時間を持たせてもらって、週1回とか、月2回ぐらいのスパンで、長く関わらせてもらう事で、その人にインストールしていくんですね。そのようなやり方で、今ITを含めた業務改善の取り組みをさせてもらっています。
――低引さんがIT導入を提案する際のポイントは、どういところですか?多くの場合、最初はまず既存の業務をどう効率化させるかっていうところから入っていく形になると思います。その方が分かりやすいですし、既存の業務をこうやって効率化できるっていう話でないと、なかなかイメージできないという事があります。
その先にデータ活用やコミュニケーション、コラボレーションなどの取り組みがあると思っています。
多くの方を巻き込んで、課題解決のプレーヤーに入ってきてもらうためのインフラとして、システムをもっと活用できると考えています。そういった活用の仕方をもっと多くの事業者さんに提案していけないかと考えています。
――STOは今後、どのような形で求められると思いますか?STOの必要性は増していくと思います。経営の観点とシステムを活用するという思いを持って社会課題に取り組む方は、もっともっと増えていって欲しいと思うし、ニーズも増えていくと思います。
システム担当ではなくてSTOという立場でいえば、現場と経営をつなぐ存在だと思います。自分自身が必ずしもシステムのものすごい専門家である必要はなくて、専門家のアイディアをしっかり引っ張ってくる、あるいはアイディアを発揮してもらえる場をつくる事が、STOに求められるものだと思います。
――STOに求められる資質とかスキルは、どのようなものでしょう?まず、しっかりと専門性を持つという事と、業務改善、変革のスキルですよね。業務改善をしっかり主導できる事とともに、誰も見えていない、システムを活用すればここまで事業にインパクトを出せるというビジョンを示せる事です。そこまで行きつくための変革力というのは、非常にリーダーシップが求められるものになりますので、変革を主導するスキルはすごく重要だと思います。
最後に謙虚さといいますか、寄り添っていく包容力ですね。システムを分かるっていうだけで、ありがとうございますって言ってもらえたり、他の方に分からない情報を持ってしまう立場になりますので、そこで容易にマウントポジションに立ててしまう。他の人に「これをやるためには、こうしなければいけないんだから」という形で、指示をするような立場にどうしても立ちやすくなってしまいます。そこで、教えて欲しいと言って下さる方の気持ち、不安に寄り添って、ITの活用や、それを踏まえた経営的な課題へのアプローチ、一緒に取り組む姿勢が求められると思います。
――エンジニアはソーシャルとの距離が遠いと思いますが、STOを目指す人は、どこを入り口にするのが良いでしょう?エンジニアから入ってSTOにつながっていくという意味だと、STOに関心を持つ時点で、そもそも社会課題への共感は結構高いんじゃないかと思いますよね。なので、まずは「こういう課題を解決したい」から、さらに一歩進んで、現場への共感を持つ事だと思いますね。
社会課題を解決するための事業に共感して、思いを持つっていうのは、すごく大事な一歩なんですけれども、それほど美しく課題が解決できるわけではないですよね。現場ではもう本当に様々な苦労、予期せぬ出来事が起こってますので。一回の現場だけで、すべてが変えられるわけではなく、その積み重ねの中で、ビジョンが実現していきますので、長い目で一つ一つの現場に寄り添える、現場で起こっている小さな変化に向き合える、共感できるという姿勢があると良いですね。ここまでたどり着くと、きっとすぐにSTOになっていくんじゃないかなと思います。
――逆に低引さんのように、ソーシャル側からSTOへのステップを踏むとしたら、どういうとこから入っていくのが良いでしょう?私のようなキャリアを辿る人が、もしいるとすると、それはある意味、より多くの社会的インパクトを出したい、という思いですよね。
現場で一つ一つ解決するという事ではなく、そういった人たちをサポートしたい。その人たちにもっと多く集まってきてもらえれば、そういう組織を作れればインパクトを出せるんじゃないか、という事を思った時に、ITをうまく活用したインパクトの広め方っていうのが、まず次のステップとして考えやすいので。
そういった事を入り口にですね、STOに関心を持って頂けるんじゃないかと思っています。現場のマネージャから組織作りの担当になるといった瞬間から、僕寄りといいますか、STO寄りのメンバーになっていくんじゃないかなと思います。

--

--