世界の事例から考えるモバイルウォレットの未来(中国・インド編)

ジェネシアベンチャーズというVCでアソシエイトをしている河野です。

これから世界のスタートアップやVCトレンドで気になったことや考えたことについてブログ化していきたいと思っています。今回はモバイルウォレットについてです。

https://yourstory.com/read/3896f4b422-financial-technology-in-egypt-

2017年に入り、日本では個人間送金アプリへの注目が高まっています。

paymo、Kyash、LINE Pay、よろペイ、Yahoo!ウォレット、ELKなどスタートアップや大手IT企業から個人間送金アプリの提供が開始されています。

日本の個人間送金アプリ事情に関しては、以下のような記事を読んで頂けると理解が深まると思います。

本ブログでは、なぜ多くの企業がこぞって個人間送金アプリ市場に参入しているのかを海外の事例を踏まえて考えてきたいと思います。第一弾は中国・インド編です。(第二弾:東南アジア・アフリカ編を執筆予定)

世界最速で成長する中国のモバイル決済市場

中国のモバイル決済市場の成長については日本でも多くの記事で取り上げられている。

中国のモバイル決済額は前年比で倍増し、2016年には5兆5,000億ドル(約600兆円)以上に到達。これは日本のGDPの1.2倍の規模であり、米国のモバイル決済額の50倍にあたる。フォレスターは2019年には中国のモバイル決済額は12兆ドル(約1320兆円)を超えると予測する。
http://digiday.jp/platforms/asian-digital-revolution/

中国のモバイル決済市場を牽引するのは、「Alipay」と「Wechat Pay」の2つのサービスだが、今回はAlipayをとりあげたい。

2016 Global Payments Reportによると、Alipayは世界のモバイルウォレット市場の44%のシェアを獲得しており、2020年までに60%に達すると予測されている。

Alipayのユーザー数は4.5億人を突破しており、上海では1人当たりの平均利用額は2万400ドル(約264万円)に達する。上海の中間層の賃金(不動産収益などを抜いた収入)は3万5,000ドル(約385万円)であることを考えるとAlipay経由の決済額の大きさがわかる。

世界最大のモバイルウォレットサービスとなったAlipayだが、その成長の要因はなんだったのだろうか?

その答えの仮説として「ライフスタイルアプリ化」「決済データを利用した信用スコアと金融サービス」があると考えている。

モバイルウォレットから「ライフスタイルアプリ」に

Alipayは2004年にアリババグループのECサイトの取引の信用を担保するエスクロー決済サービスとして生まれた。ebay上の決済サービスとして成長したPaypalに近いイメージだ。しかし、2009年にAlipayは独立したアプリをローンチして公共料金の支払いなどを可能にし、2013年にはAlipay Walletとして、QRコード決済を利用したO2O決済を含むモバイルウォレットの提供を開始した。

さらにAlipayは自社及び外部サービス提供者への出資や提携により、多様なサービスをAlipayアプリ上から決済可能とすることで、ユーザーのライフスタイルに溶け込んでいった。(公共料金、携帯料金、タクシー、航空券、鉄道切符、パッケージ旅行、ガソリンスタンド、映画チケット、学費、宝くじ、フードデリバリーやネイルサロン、レストラン予約や病院予約、さらには近隣の小売店やレストラン情報・・・)

また、Alipayはアプリ上のサービス提供者と共同でキャッシュバックなどのプロモーションを提供することで、ユーザーのスティッキネスを高めることに成功した。サービス提供者にとってAlipayはマーケティング+決済プラットフォームとなっている。

https://www.cultofmac.com/430111/in-china-you-pay-with-cash-or-alipay/

2013年にサービス開始された短期資金ファンド「Yuebao(余額宝)」もAlipayのユーザーベース拡大に大きく貢献した。Alipay口座からYuebao(余額宝)の口座に資金を移動するだけで、少額でも資産運用を開始できる。2013年当時、大手銀行の普通預金口座は年0.35%の金利を提供していたが、余額宝は年利約6%を提供し、その利率の高さに中国人は殺到した。(その後利率は下がり、2017年5月では年利約3.9%のようだ。これでも普通預金より高利率である。)これまでの合計登録ユーザー数は3億人を超える。

Genesia Ventures作成 ※グラフの中身は少し古いです。

こうしてAlipayはECサイトのエスクロー決済機能から、人々の生活と強く結びつく「ライフスタイルアプリ」へと変容した。

Alipayの利用シーン動画

決済データを利用した「信用スコア」と「金融サービス」の提供

Alipayはユーザーの決済データやアリババグループのサービス内の評価など活用して、個人の信用スコアを算出し始めた。

それが、信用スコアサービス”芝麻信用分(Sesami Credit)”である。税金やローンの支払い情報、アリババグループのサービス内での評価、Alipayの決済データなどを活用し、信用スコアを弾き出している。

Genesia Ventures作成

既存の金融機関は静的データ(特定時期における個人の属性情報と過去の信用情報)により、融資の可否などの与信判断をしてきた。

一方の Alipayは決済やサービス利用、SNSなどの動的データを分析し、与信判断することを可能にした。これまでより正確に、リアルタイムで個人の与信をスコアリングすることで、よりパーソナライズされた金融サービスをユーザーに提供することができる。(信用スコアが『1984』の監視社会化を現実化させる危険性は無視できないが…

Genesia Ventures作成

こうして、Alipayは「モバイルウォレットのライフスタイルアプリ化」「決済データを利用した信用スコアと金融サービスの提供」により、巨大な金融グループと成長した。

2014年は、AlipayやAnt Fortune、Ant Financial Cloudなどの金融サービスを包括した金融グループ企業Ant Financialが設立され、2016年4月の資金調達時の企業評価価値は6兆円を超える。

その資金を利用して、Ant Financialは積極的に海外展開を進めている。目的には中国人海外旅行者のAlipay決済利用先を増やすことと、現地モバイルウォレットサービスの統合の2つがありそうだ。

米国の国際送金企業MoneyGramの買収韓国のKakao Payへの出資フィリピンのMyntへの出資タイのAscend Moneyへの出資、アリババが買収した東南アジアのEC企業Lazadaの決済部門であるHelloPayの統合などが発表されている。

また、巨大市場インドへの進出は注目だ。アリババグループはインド最大のモバイルウォレット企業Paytmの株式を約45%保有している。

インドのAlipayを目指すモバイルウォレット「Paytm」

アリババグループの出資先でもあるインド最大のモバイルウォレットサービス「Paytm」についてご紹介する。

Paytmは2010年にインドで創業された決済スタートアップである。Paytmの名前の由来は”Pay Through Mobile”だ。サービス登録者数は2億人を突破し、月間8,000万回以上の決済を処理する。

2017年5月にはソフトバンクから14億ドル(約1,550億円)の資金調達を発表し、時価総額は60億ドル(約6,600億円)を超えた。

http://thebridge.jp/2017/05/softbank-biggest-investment-india-pumps-14-billion-paytm

Paytmの初期の成長ドライバーとなったのは、携帯料金や公共料金のオンライン支払いだ。インドでは携帯料金や公共料金の支払いをするためには窓口で長時間待たなければならないことが多い。

http://www.safebillpay.net/tag/india-bill-pay-2/

Paytmはそうした料金支払いをオンラインで簡単に完了できるようにし、さらに30–50%の大幅なキャッシュバックを提供し、その額をユーザーのPaytmウォレット内にチャージした。

Paytmウォレット内にキャッシュバックが入ることで、次回の料金支払いもPaytm経由で行うインセンティブが発生し、ユーザーエンゲージメントを高めることに成功した。また、競合サービスがマーケティングにかける費用を割引につぎ込むことで、価格志向型のインド人たちは1度Paytmを利用すると離れることができなくなる。口コミも新規ユーザー獲得に大きく貢献した。

さらに、Paytmは利用手段をECやタクシー配車、バスチケット予約、映画チケット予約、旅行、金の購入などへと拡大していく。ユーザーの利用頻度の高い決済場面をおさえ、大幅なキャッシュバックを提供し、Paytmウォレット内のお金を切らさないようにする。まさにAlipayの「ライフスタイルアプリ化」である。

Genesia Ventures作成

インド高額紙幣廃止とキャッシュレス化推進

そして、2016年11月にPaytmに幸運が訪れる。インドの高額紙幣廃止だ。

インドのモディ首相は11月8日夜、テレビ演説の中で高額紙幣の1000ルピー(約1600円)札と500ルピー(約800円)札を約4時間後から無効にすると発表した。11月10日から12月30日までに2種類の高額紙幣を銀行か郵便局の口座に預け入れない限り「無価値の紙くずになる」という。

私は当時インドに住んでいたが、廃止された紙幣の総額は流通している通貨全体の約86%に及び、高額紙幣廃止は人々の生活に混乱をもたらした。保有している高額紙幣は銀行口座に入金したり、銀行窓口で新紙幣との交換が可能だが、以下の写真のように銀行やATMには長蛇の列ができており、長時間待たなければならなかった。

また、新紙幣の流通準備が十分に整っていない状態で高額紙幣の廃止を決定しため、銀行やATMから新紙幣が足りなくなることが多々あった。2時間ほど並んで、もうすぐ自分の順番だという時に、「もう新紙幣ないから解散!!」と言われたこともあり、絶望感に打ちひしがれた…

http://www.newindianexpress.com/cities/kochi/2016/dec/09/92-atms-no-cash---46-only-rs-2000-notes---36-1547107.html

多くのインド人たちの生活に高額紙幣廃止は大きなダメージを与えたが、Paytmにとっては幸運以外の何物でもなかった。現金の手に入らない消費者や売上の落ち込むオフライン店舗に対してPaytmは強く訴求し、サービス登録ユーザー数2億人、利用店舗数は350万、決済利用数は月間8,000万回を突破した。

http://blog.leadsquared.com/6-real-time-marketing-ideas-that-worked/

さらに、インド政府によるキャッシュレス化政策により、インドのデジタル決済市場は2020年までに約55兆円にまで成長するとBCGとGoogleは予測する。PaytmはAlipayの戦略、技術サポートを受けつつキャッシュレス化の波に乗り、2020年までにユーザー数5億人を目指す。

巨大なユーザーベースと決済データを獲得しつつあるPaytmの次の一手は金融だ。

Paytmモバイルウォレットは銀行へ

2015年にインド政府は11の事業体に対し、預金は可能だが貸し出しはできない銀行、Payment Bank(決済銀行)の設立を大筋で承認した。10万ルピー(約18万円)までしか預金できないといった制限もある中、41の事業体が応募した。インド最大の通信事業者AirtelやIndia Postなどに加えて、Paytmも2017年1月にPayment Bank設立の正式承認を得た。

そして2017年5月23日、Paytm Payment Bankはサービス開始された。ユーザーはPaytm口座に預金することで、年利4%を得ることができる。また、ATM利用料は月間5回まで無料だ。

https://yourstory.com/2017/05/paytm-payments-bank-4-pc/

Paytmは送金サービスや資産運用サービス、さらに外部企業との提携による融資サービスなどを段階的に提供していくようだ。Alipayの”芝麻信用分(Sesami Credit)”のような信用スコアサービスも今後提供していくと思われる。Alipayの「決済データを利用した信用スコアと金融サービス」をPaytmがインドでどのように実現するか注視したい。

まとめ

AlipayとPaytmは「ライフスタイルアプリ化」「決済データを利用した信用スコアと金融サービス」により、人々の生活や金融に強く結びついたサービスと進化しつつあります。

日本の個人間送金アプリも、送金を切り口として口座残高を増やし、アプリ内の決済手段の増加によりライフスタイルアプリ化し、その決済データやサービス利用データを活用した信用スコアや金融サービスの提供を目指していくのではないかと思っています。

もちろん、日本と中国やインドのような国では、銀行口座・クレジットカード・ATMの普及率や法規制など大きく異なる変数が多いため、全く異なる成長プロセスを辿る可能性も十分にあると思います。日本のキャッシュレス化を推し進めていくための戦略をしっかり考えておきたいです。

既にユーザーベースとオフラインの決済利用先を持つWAONやSuicaなどの電子マネー発行企業がモバイルアプリで送金や公共料金支払い、EC・店舗決済ができるようにしたらどうなんだろうと考えていたのですが、WAONのAndroidアプリを見る限り、難しそうですね。

皆さんはモバイルウォレットの未来についてどうお考えでしょうか?FacebookTwitterでご意見頂ければと思います。

次回は東南アジアとアフリカのモバイルウォレット事情について考えていきたいと思います。

※間違いのご指摘やご意見などありましたら、コメント頂けますと幸いです…!

※今回はとりあげませんでしたが、テンセントのモバイルウォレットWechat PayもAlipayに迫る勢いで成長しています。ご参考まで。