天皇制のこと

陛下の「お気持ち」が表明された件で、かなりうんざりするとともに勉強したい気持ちになっている。目につく問題は4つある。

1.違憲性。法改正という具体的な「受け止め」行動が想定された上で「お気持ち」が表明されるということは、陛下が立法に対して政治的な影響力を行使するということであり、憲法第四条に反すると僕は思う。

僕は、陛下の発言が単なる「お気持ち」であって政治的影響力がないとか、法改正について明言していないからそういう主張をしたことにはならないとは思わない。

2.このような事態になった原因。制度に問題があって法改正をするにせよ、その発議は国民の側から行うのが筋だ。実際に問題があるなら、なぜ今回のようなことになる前に発議がなされなかったのか。そして、いま発議が「お気持ち」という形でなされたのは何故で、誰がそれに与したのか。

陛下においては、公務の実行に支障があるならば、支障があるということだけを訴えるのが筋であり、それへの対応を決めるのは国民だ。天皇の務めを規定するのは天皇ではない。

感情的な憶測で言えば、誰かが何らかの要因で議論をさぼってきたツケを、憲政を危うくしてでも踏み倒そうという動きなのではないか。

3.この件全体に漂う日本的なダメさ。僕はいわゆる「国民性」をあまり信じない。が、なあなあにしてきて溜まったツケを踏み倒す(憶測だが)手段として「お気持ち」の「受け止め」などという欺瞞を持ち出して、しかもそれが通用してしまうならば、それはやはり非常に日本的なダメさではないか。

これもただの感情だが、はっきり言って日本人には憲法とか民主主義とか向いていないのではないかという極論に飛びつきたくなる。

憲政は丸く収まればいいというものではなく、手続きの正しさを担保しなければならない。「陛下は善人だから」「天皇の活動は国益になるから」「老いの不便は労わられるべきだから」といった結果オーライの見方は、合理的なようでいて短絡だ。

4.いわゆる改憲問題への影響。今回の「お気持ち」は、「皇室典範」という「狭い範囲」のことだからこそ表明し得たのであり、「これが通るなら何でも通ってしまう」という批判は「汎化が過ぎる」という再批判を呼ぶだろう。また「お気持ち」が訴えるのはあくまで法律の改正なので、(違憲性を除けば)憲法とは直接関わりがない。したがって、改憲問題と安直に接続して捉えたくはない。

が、このようなやり方が発案され、実行され、実際に通ってしまいそうな状況そのものを目の当たりにして、改憲問題に不安を感じないというのは無理だ。

以上1~4のような問題があると思うが、これはあまり調べたりとかせずに考えているので、自分でちょっと調べていく必要性を感じる。

僕は条文だけ見て「違憲だ」って思うけど、この条文はどうとるのが本来の理念なのかとか、違憲だとしたらチェック機能はどうはたらくべきなのかとか、基本的なことを全然知らない。なので今考えていることはだいぶ勘違いかもしれない。憶測の部分はもちろん、具体的に知ればもっとちゃんと考えられるだろう。気になることを調べつつこの件をトレースしたい。

付言するが、生前退位そのものには僕は賛成だ。恥ずかしながら、リベラルを自称していながら天皇制のことをこれまであまり考えてこなかった。人間の自由と平等の見地に立つなら天皇制は廃止すべきだが、一方で、現代的な価値観を超えた歴史的・文化的な価値みたいなものを安易に無視することもできない。単純に国益というか自分の楽や得を抜きにしても、過渡期的な必要悪とか、相対的に悲惨が少なく済む方法として捉えないといけない可能性もある。そのような中で現状、強制された務めの中で老いと向き合っている陛下に対しては申し訳ない気持ちを感じる。ごくごく身の回りのことしかリベラルに行えない自分に心が痛む。

しかし、それとこれとは別だと考える。