今年の漢字

今年の漢字は、今年4月から8%に引き上げられた消費税が今年一番の話題ということで「税」が選ばれたそうである。

この「今年の漢字」。清水寺の偉い住職さんが大きな紙に墨で描き入れるのは年末の風物詩となっているが、以前はこの住職さんがその達観した心眼をもって1年を振り返り一文字をしたためていると思っていたのに、日本漢字能力検定協会が公募して一番多かったものを選んでいると聞いてからは少し興ざめの程である。しかし自分の今年一年を振り返るために「今年の漢字」が発表されるのをきっかけにして自分でも考えてみることにしている。

さて自分の今年一年はというと「沈」であったように思う。

まずは沈降の沈。今年は総じてあまりいいことはなかった。むしろどうして僕にだけこうも不運ばかり降りかかるのかと思える程不運が続いた。その心の闇の深淵さといえば、聖書のヨブ記を読み始めたくらいである。

次に沈黙の沈。良くないことばかりが起こる。中でも長くてなかなか解決しない嫌なことがある(まだ続いている)。今日眠って明日起きてもまだ嫌なことが続く。1ヶ月後だってまだ続いているだろう。そんな先のことを考えると気が萎える。海底の砂にもぐって餌が近くまでやってくるのをじっと待っている深海魚のように、嵐が通り過ぎるのをただじっと待つ。そんな日々の繰り返しだった。

最後に沈静の沈。沈黙と違い、毎日を耐え忍ぶのではなくて、明日はただ今日という日の延長にあると考えて、今日という大地を自分の足でしっかりと踏みつけて進む。そこには何事にも惑わされず、捉われず、静かに、一歩出してはもう一方を出すのをただ只管、愚直に繰り返す。「いま」「ここ」だけに集中していれば余計な不安な悩みをかかえる暇がない。思えば以前から意識していたことであったが、喫飯喫茶という禅語に出会ってその大切さと有効性を再認識した一年だった。

来年はどういう一年になるだろうか。今は谷底を更に下って海底を歩いている。上空では嵐が吹き荒れている。このまま歩き続けて気づけば空は晴れ渡り、山頂に立っていた、そんな年であれば嬉しい。

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