祖母との花見 

4niruddha
abt 4NIRUDDHA
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4 min readApr 1, 2013

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2013年3月31日、花冷えと言うにはあまりに寒い2月上旬の寒さ、今にも雪が降りそうな曇天の中、足の悪い祖母のために撮り貯めた桜の写真を携えて祖母が住む青砥に向かった。

祖母と約束した時間から少し時間もあったので、昔に祖父母が長らく住んでいた京成立石で降りて、子供の頃に慣れ親しんだ町を巡り、踏切のサイレンの音や遊び巡った公園のすべりだいなどを見回して懐かしさを多少あじわってから青砥へ向かった。

道すがら、心象スケッチすべき心象の時は写欲がふつふつと湧くのだけれど、ちょうどその前の週に佐藤さんとゴールデン街のサーヤで呑んだ際にカメラを置いてきてしまったらしく、丸腰で何も出来なかった。これほど無念さと焦燥を感じたのは久しぶりであった。

そうしたこともあって、とぼとぼと立石から青砥まで歩き、ちょうど昼食時でもあったので、祖母が大好きなお寿司をお昼に買って行こうと思い立ち、駅側の寿司屋でお寿司を買った。みやびという寿司の詰め合わせと鉄火巻、ネギトロ巻。

祖母が住む家までの道には立派な桜並木があって、カメラもないのに桜の風景をファインダー越しに切り取るような気分で桜を眺めていた。眺めている風景は曇天のせいか、自分の心象のせいか分からなかったけどモノクロームな世界がそこに拡がって今日は本当に寒いなと思う。

祖母の家に着いてパッと祖母がお洒落をしているのが見て取れた。紫のニットにストールを首に巻いていた、うっすらお化粧もしている。昔、よく二人で出かけていた時もそうだった。余所にお出かけする時はお洒落をする。

お洒落した祖母と二人で買ってきたお寿司をつまみながら、あれこれ話をしているのだけれど、独り暮らしを心配する僕をよそに心配をかけまいといろいろ気丈に振る舞っているのだが何だか心もとない。去年からだいぶ食が細くなって痩せてしまった祖母であったが、今日買ってきたお寿司はペロリと平らげた。痩せてしまってから医者からはたくさん食べる様に言われているらしく、僕も少し安心した。

その後、近所の人達に関する話をしたりなどたわいもない話をしつつ、目的であった花見をしようとiPadに詰め込んだ桜の写真を二人で眺めていた。去年はタイミングが悪く、風邪をひいている最中に来てしまったので最悪だったが、今年は元気な状態で見てもらうことが出来た。ここは上野、ここは代々木公園、ここはあそこの桜だよとか、二人の記憶の桜と今年の桜を重ねながら、少し冷えた部屋の中で花見をした。

ひとしきり花見もし終わって、帰ろうかなと思った矢先に祖母が「あの鰻屋に行こう」と言った。そうか、そのためのお洒落だったのかと気付いた。鰻屋とは祖母の家から5分ほどのところにある店なのだが祖母の足だとゆうに20分はかかるし、今の祖母の身体だと負担も大きい。なにより、さっきお寿司を食べたばかりだから、自分もそうだが祖母が鰻を食べられるとは思わなかった。

しかし、去年にかけた心配を払拭したい思いが強かったのだろう、行こうと言って聞かなかった。そんな祖母の思いを不意にすることも出来ず、危ない自転車や車から祖母を守りつつお店に向った。去年、具合の悪かった祖母が今回と同じ様に行こうと言った鰻屋に再び来れたのは嬉しかった。

うな重を2つと熱燗を1つ頼んだら、祖母が焼き鳥も頼もうというので追加で注文した。心の中では食べきれないのにと思っていたが、予想に反して祖母がペロリと平らげたのだった。食欲が無くてやせ細っていた姿からは想像できなかったが すごく嬉しかった。独りの食事より、誰かと一緒の食事は食が進むのだろう。自分に照らしてみてもそんな気がする。それよりなにより、たくさん食べる祖母の姿を見て少し安心したのだった。

鰻屋からの帰り道は行きと同じ様に寄り添って歩いたが、白内障が進んだ目で歩かせるのは心もとない。帰り道に祖母の住む家のすぐ側の区役所通りの桜並木が立派なので「こんなに歩けるなら来年は区役所通りの桜並木で花見をしようよ」と僕が言ったら、「来年は保証できないねぇ」とケタケタ笑いながら答えたのが少し寂しかった。

家についてから暫くお話をして、「今日はたくさん食べて栄養を取ったし、たくさん歩いて疲れたろうから、はやく休んで太らなきゃ」と祖母を諭しつつ、少し名残惜しい気持ちで祖母の家を後にしたのだった。外は冷たい春雨が降っていた。

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