関係性のために自ら動く
この文章では、私の卒業プロジェクト「自律的な関係をつくるもの/がつくるもの」についての、今までのプロセスとこれから進めていきたいことについて説明していく。
私は当初、パートナーという関係性に興味を持って、卒プロで考えようとしていた。ここでいう「パートナー」とは、血縁者を除いて、その時点で一番親しく「これからも一緒にいるだろう」と思うことができる関係性のことを指す。興味を持ったきっかけは、それまでの人生でよく聞いてきた「恋人とは/夫婦とは/パートナーとはこうあるべき・こうしなければならない」という言説に疑問を感じていたことだった。また、スイスの交換留学中に、自分と日本にいるパートナーとの関係性の変化を感じ、同時に「なんとなく良いな」と感じるパートナーの関係性を頻繁に見ていた、ということもあった。帰国後、改めて「パートナー」について卒プロで考えようと決めた後、スイス滞在中に出会った日本人の方々に、「理想のパートナー像」についてスイスと日本の間で感じる相違点なども交えながら、オンラインでざっくばらんに話をきかせてもらった。
その中で一番印象的だったのが、「自分の息子が精神的に不安定な彼女とつきあってて…」という日本人女性の話だった。「部屋から電話で喧嘩する声も聞こえてきてね。彼女の精神は不安定で、家庭環境も正直良くはなかったのよね。だから、息子のことを考えたら別れた方がいいんじゃないかって。日本だったらそう言いそうじゃない?夫に言ったら、『続けるか別れるかは彼らの決めることだし、家庭がどうとか君には関係ないよっ』て言われたのよ。私は『こういう子と付き合うのはよくないんじゃないか』って決めつけてしまっていたなと思って」と彼女は言った。この話は、「パートナーとはこうあるべき」という、彼女にとっての日本社会の規範に囚われていたことに気づいた、というエピソードだと私は思った。
以上のような話を聞いていた期間、話は変わるが、私はインターンとして、クライアント企業の自律的な組織を形成するためのビジョンやカルチャーを作る仕事に関わっていた。「自律分散型な組織」ついてビジネスの視点で考える一方、他インターン生のとりまとめに自分が苦労したり、イベント運営の現場を見て、「人が自律的に動くのって、さらに組織やコミュニティの中で全員が自律的に動く(=自律が分散する)ってとても難しい」と感じていた。また、ちょうどその時、ブロックチェーン技術を利用した「特定の所有者や管理者が存在せずとも、事業やプロジェクトを推進できる組織」であるDAO(分散型自律組織)について、よく話を聞く機会があった。「人は、自律的に行動するのは難しいだろうに、テクノロジーの力でそう簡単に変われるのか?」と疑問を持つと共に、人が自律的になることに必要な状態への興味が沸いていた。
ここで改めて、「自律」について言葉の定義を辞書で調べてみると、「他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること」とある。これはまさに、「パートナーとはこうあるべき」という社会的な規範を元にした行動で、自分とパートナーとの関係性を作るのではなく、自分たちの良い関係性のために「私はどう振舞うべきか」と考えることではないか。そのように考えた私は、「理想のパートナー」という枠を超えて、どのような関係においても共通して「自律的な関係を構成するものごとは何か」ということを、卒プロで考えていくことにした。
テーマの方針転換後、自分の今までの経験に基づいて「自律的であること」を考えてみようと、大学生の現在から記憶の有る限りの時代まで遡って、関わるエピソードの記述を行っている。今後は、エピソードから見つけられる、自律性を構成する要素について抽象化して拾っていきたい。加えて、経営者や、シェアハウスの運営者、イベント企画好きな人、DAOの発起人などに、彼らの文脈での「自律的な関係」について聞くインタビューを予定している。