【高齢化する社会:平均余命の延び&第1回ワークショップ感想】

Shogo Kudo
Feb 8, 2017 · 5 min read

こんにちは!AkitaAgeLab研究連携担当の工藤です。今日は日本人の平均余命に絡めて、AkitaAgeLabが2月2日に開催した「高齢化する社会をデザインするワークショップ」シリーズの第1回「高齢社会において宗教が果たせる役割は何か?」の感想についてです。

・平均余命の延び=高齢者としての時間の延び
1955年の日本人の平均余命は60歳代(男性63.60歳、女性67.75歳)で、70歳には届いていませんでした。しかし2016年の平均余命は、男性で80.79歳、女性で87.05歳と、約60年前よりも平均で約18歳ほど伸びています。このことは、日本人の高齢期として生活する時間が劇的に長くなっていることを意味しています。長寿は秦の始皇帝の時代からの人類の夢でしたが、今日の日本ではこの夢がかなっていると言えます。この長寿が叶い、長く生きる事になった期間をいかに健やかに豊かに過ごすのか、ということが重要なテーマとなります。

・高齢者と宗教の扱う世界観・死生観のところ
宗教は世界観や死生観を扱う分野であり、この役割はすべての世代にとって大事ですが、知人や友人、親類との別れを多く経験する高齢者としての時期に特に重要なものであると言えるでしょう。これまでの人生で出会った人たちとのつながりが失われる、特にこのことが自身の親やパートナーとの間に起こることで、残された個人が孤独な状況に陥りやすくなることも確認されています。宗教を通じて世界観や死生観についての多様な見方に触れることで、自身の経験について丁寧に振り返る時間が持てる、というようなことがあるかと思います。より社会的な意味合いからは、お寺や神社などは、何百年と同じ場所にあり、地域の行事や祖先とのつながりなどを維持してきた存在です。人々とのつながりを本質的に内在する施設と言え、この資源を上手く活用することで、人々のつながりを生み出すポテンシャルを秘めていると言えそうです。

・ワークショップ感想:社会通念や慣習の「問い直し」と「話し合い」の場としての役割
今回のワークショップの参加者は、宗教に直接の関わりを持つ僧侶の方々とそれ以外の職業の方々が半々ずつでした。この多様性の高い参加者で議論をしたことで、宗教活動のなかのより具体的な項目よりも、お寺という空間を地域の共有資源としてどのように活用できるか〜というような方向の意見が多く出ました。
「高齢社会」は総人口において高齢者の割合が高くなり、それに伴って幼年・生産人口の割合が低くなる現象と言えます。となると、これまでの非高齢・人口減少時期に社会通念としてあった、「元気で勢いのある若者が引っ張って年上の人たちがその様子を見守りながら適時に助言する」というような慣習では物事が上手く進まなくなります。勢い良く引っ張る若者がいたとしても、見守って助言する先輩が多すぎると若者は荷が重いと感じてしますし、そもそも助言をする側の先行世代の中の多様性も増していて、常に考えがまとまるということでもなさそうです。社会が高齢化することによって、私たちがいつの間にか持ってしまっている各世代に期待する役割のようなものを問い直す時期に来ていると言えそうです。
同じようにして社会通念や慣習の「問い直し」が色々な側面で必要になってくるわけですが、これらを具体的に議論する場をゼロから創ることは思いの外難しいものです。今回のワークショップに参加した私の個人的なまとめですが、この「問い直し」の作業と、問い直したあとにどうするかの「話し合い」の場としての役割をお寺さんが担うことができるのでは〜と思いました。特に数百年と同じ地域を見てきた地域の記憶を持っている施設だから提供できる空間があるような気がしています。

AkitaAgeLab

Leading research and practice initiatives to create new…

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Leading research and practice initiatives to create new social designs for aging society from Akita.

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