狭い住宅向け家具を専門とするバンクーバーのECサイト「Expand Furniture」

カナダのバンクーバーは英誌エコノミストの調査部門 EIUが毎年発表する「世界一住みやすい都市トップ10」で常に上位にランクインしている。気候が温暖で治安が良く、交通機関が発達し、博物館や美術館、広大な公園もあり、自然にあふれていることなどがバンクーバーが高く評価される理由だ。

しかしその住みやすいはずのバンクーバーで暮らし続けるのは現実にはそんなに楽ではないらしい。もともとカナダの中でも富裕層が多く暮らす不動産価格の高い街だったが、中国系移民による「不動産爆買い」で住宅価格が高騰。一般家庭ではとても手の出せない価格になった。そのため郊外のタウンハウスに引っ越し、車で1時間ほどかけてバンクーバーに通勤する人も増えているという。

Expand Furniture」はそんなバンクーバーに2014年に誕生し、オリジナル家具をオンラインで販売している。同サイトの製品には、地元バンクーバーの住宅事情を反映して狭い空間でも広々と生活できるようにする工夫が凝らされている。

創設してまだ間もなくIKEAのようにブランドとしての知名度がないにも関わらず、創設から短期間で遠く海外からも注文が寄せられるまでに成長した。

複数の用途に転用可能な家具で省スペース化を実現

バンクーバーでは高い家賃を払っても狭いアパートにしか住めないが、Adam Joubert(以下アダム)氏とJared Joubert(以下ジャレッド)氏はそれを環境の整った美しい街に暮らすために避けられないトレードオフととらえた。そして住居の面積が狭くても、家具を工夫すれば快適に過ごすことはできるはずだと考え、Expand Furnitureを創設する。

2人がいずれも「small space specialist(狭小空間スペシャリスト)」と名乗っていることからも、狭い住居向けの家具を専門にしていくというExpand Furnitureの企業コンセプトが伝わってくる。

では早速、同サイトの主力商品をチェックしてみよう。

次の3つの商品は同サイトのトップで「テーブル」として紹介されているものだ。価格の単位は米ドルである。

テーブル1台だけで799ドルから1995ドル(約9万6000から24万円)というのは、高級素材を使っているオリジナル商品にしてもちょっと高すぎる気がしないでもない。しかしこれらのテーブルはどれも「多機能」で、複数の用途に展開できるという大きな特長を備えている。

例えば、中央の「Junior Giant Table」の場合、次のようにコンソールデスクからダイニングテーブルに展開することが可能だ。

Junior Giant Tableの展開

コンソールデスク

デスクの高さは75.5㎝。デスクの大きさは幅95㎝ x 長さは最小の状態で44㎝。

デスクを引っ張ると、脚の部分が2つに分かれ長さを伸ばすことができる。

テーブルの内側には拡張用の板が4枚収納されている。必要な数だけ板を追加していくことでテーブルの大きさを拡張できる。

板を1枚だけ追加すれば次のような4人掛けのテーブルになる。アメリカ映画では男性が4人週末に集まってポーカーをプレイするシーンがよく登場するが、このテーブルならそんな用途にも対応できる。

正方形の4人掛けテーブル

さらに拡張板を追加していくことで、もっと大きなテーブルを作ることもできる。

拡張板4枚を全部使えば、長さ228.8cmのダイニングテーブルが出来上がる。これなら友人や親戚を招いてのパーティにも対応可能だ。

10人に対応可能なダイニングテーブル

他の2つのテーブルも長さや高さを変化させることで、丈の低いコーヒーテーブルからダイニングテーブルに展開できるように設計されている。

上の3種類のテーブルはいずれも顧客からとても高く評価されている。顧客の在住地はマンハッタン、香港、シンガポールなど様々だが、「狭いアパートに住んでいる」といった状況は共通しており、「製品の作りが頑丈」「見かけが美しく、高級感がある」「狭いスペースを有効に活用できる」などが評価の理由として多く挙がっている。

また、「形を変化させられる」という点に実用的な目的に加えて、余興としての価値を見い出した顧客もいる。自宅でパーティを開くときに最初からダイニングテーブルにしておかずに、客が到着してからわざわざ別の形から次々と変化させて見せると感心してもらえるのだという。子供の頃、「トランスフォーマー」に憧れた男性には特に受けそうだ。

現在、Expand Furnitureはバンクーバーにショールームが1軒あるだけで実店舗は開いていない。他の小売店にも商品を卸しておらず、オンラインのみで販売しているため、消費者が実物に触れるチャンスは限られる。購入した顧客からこうして自然とクチコミが広がることは同サイトの商売にとっても非常にプラスだ。

商品のユニークな魅力を伝えるのに効力を発揮する動画とブログ

同サイトの開設当初、商品の説明や画像を見て関心を持ったユーザーから商品の形を変化させる方法について質問が寄せられることが少なくなかった。そんなときアダム氏とジャレッド氏は即座に質問に文章で回答するだけでなく、転換の方法を具体的に見せる動画を撮影して質問者に送信した。

その迅速な対応に感激し、さらに動画を見て商品の機能性にも納得がいった結果、購入に踏み切ったという顧客も少なくない。

現在、同サイトでは商品ごとにナレーション付きの動画を作成し、その家具がどのように活用できるのかをしっかりと見せている。YouTubeにも開いた専用チャンネルでは「トランスフォーマー」的要素が強い商品の動画ほどやはり再生回数が多くなっている。

同サイトのブログでも商品の魅力を紹介すると同時に、狭い住居を窮屈と感じずに暮らすための工夫や所有物件を売却または貸し出す際にその物件の価値を高めるためのヒントを伝授している。

カナダでも狭いアパートの場合、ロフトのある部屋に特に若者の人気が集中するようだ。Expand Furnitureではロフトの組立てキットも販売している。

「うさぎ小屋ライフ」を望むトレンドとマッチ

日本の住宅は欧米から過去に「ウサギ小屋」と揶揄されたことがある。米国ドラマに登場する広い庭とガレージの付いた一戸建てを見ると、そう呼ばれてしまうのも仕方ないと思っていたが、産経新聞の2013年12月の記事によれば近年、米国でもウサギ小屋暮らしを進んで選ぶ人が増えているという。

米国経済の悪化がその最大の原因であることは言うまでもないが、中には広い家に暮らせるだけの経済的余裕があっても狭いアパートを選ぶという人もいる。作家兼デザイナーのグラハム・ヒル氏もそのひとりだ。

彼は「Less Stuff, More Happiness(モノは少なく、幸せは多めに)」と題したTEDでの講演で「米国の一般家庭のスペースは50年前に比べて3倍に増加しているのに貸し倉庫業が繁盛しており、人々はまだスペースが足りないと感じている」と聴衆に語りかけている。

そして住居のスペースが増えることは幸福の増加には繋がらないとし、生活に不要なモノはできるだけ削り、限られたスペースの中で自分が本当に気に入ったモノだけに囲まれて暮らすライフスタイルを提唱。家具を購入する場合には「多機能性家具」を選ぶようにと勧めている。

Expand Furnitureの強みはそうした北米人の心境の変化を敏感にとらえて、新しいライフスタイルに適した魅力的な商品を開発している点にある。ファッションと同じでインテリアにも流行があるが、「ライフスタイル」という個人の哲学によって選ばれたブランドは簡単に捨てられることはない。

日本人はウサギ小屋暮らしを自ら望んで選んだわけではないが、狭い住居空間で暮らすことにはキャリアを積んでいる。この分野で世界に進出するブランドが日本から誕生することがあってもよさそうだ。