【耳は最期まで聞こえている!】看取りの際に家族にできること

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4 min readAug 21, 2020

人間はロボットのようにポチッとスイッチを押したから動かなくなるというものではなく、徐々に、あるいは急速に四肢の末端から脳の方に向かって神経が働かなくなっていき、最終的に全ての機能が動かなくなります。

死には明確な瞬間はなく、過程そのものです。

耳の神経は、脳のすぐ近くにあります。

聴覚は、筋肉を大きく動かさなくとも機能する 受動的な感覚です。
だから、最後まで残る感覚は、聴覚と言われています。

科学的にはまだ証明されてはいませんが、臨床ではたしかに聞こえいていると感じます。そろそろ息が続かないと思って家族を呼ぶと、もう意識はないと思っていた患者さんでも、家族が来たら目を開けたということもあります。理解しているかどうかは別として、あなたの声も最期まで届いています。

反応がなかったとしても耳は聴こえていますから、好きな曲を一緒に聴くのもいいかもしれません。先日見送った患者さんは、奥さんと最後の音楽鑑賞を楽しみ、亡くなっていきました。

脳梗塞で長く寝たきりだった男性の患者さん。衰弱していきそろそろ息が続かなくなりそうだったので、家族を呼びました。新型コロナウイルス感染対策として、現在多くの病院が面会制限をしています。病院に来た奥さんは「しばらく会えなくて、ようやく会えたのに、もう逝ってしまうの? こんな時期じゃなかったら…」涙がポロポロ溢れていました。

よく音楽を聴いていた患者さんだったので、「よく音楽を聴いてましたね。娘さんが来るまで、一緒に音楽鑑賞しませんか?」と私は提案してみました。「そうですね。この人、クラシックが大好きだったんですよ。」と奥さんが教えてくれて、モーツアルトの曲をかけました。

娘さんの到着を待つ間、夫婦で音楽鑑賞の時間をもうけました。奥さんは、旦那さんに声をかけていました。旦那さんはすでに意識がなかったのですが、音楽と奥さんの声を聴きながら、とても穏やかな表情をされていました。騒然としていた病室が、穏やかな空間に変わりました。夫婦水入らずにするために、私は病室を離れました。

娘さんが到着する前に、患者さんは息を引き取りましたが、しばらく家族のお別れの時間をとってから、医師を呼び死亡確認をしてもらいました。

さきほどまでポロポロ泣いていた奥さんも、にこやか「お父さん、がんばったね。ありがとう。」と死亡確認後も話しかけていました。

臨終のときが、音楽鑑賞を一緒にした、家族のかけがえのない時間となったと思いました。

もしかしたら今後、「思い出して悲しくなるから、もうこの曲は聴けない…」となるかもしれませんが、それもそれでかけがえのない想い出です。悲しみには、別れをそれほど悲しめる関係性が築けた「幸せ」が隠されているからです。

あなたは最後にどんな曲を聴きたいですか?

人生の最後の時間、何度も聴いた大好きな曲であっても、今までとは違った聴き方ができることでしょう。それは、極上の時間なのかもしれません。

どんな曲が好きで、どれはどうしてか。何を好きと思うかも、その人らしさです。いっぱい家族で、好きなことについて話をしておきましょう。
そういう普段からの何気ない会話が大切だと思っています。

死はコントロールできませんから、いつ訪れるかわかりません。息を引き取る瞬間に立ちあうことより、それまでの関係性の方がよっぽど重要だからです。

たとえ意識がないようでも、息が止まってしまっていたとしても、しばらく患者さんの耳は聞こえていますから、家族には声をかけていただきたいです。

あなたとあなたの大切な人が最期まで穏やかな時間を過ごすことができることを願っています。

<まとめ>

・耳は最期まで聞こえている。伝えたいことは伝えておこう。

・息を引き取る瞬間に立ち会うことより、それまでの関係性の方がよっぽど重要だと知っておこう。

・家族で好きな曲を話し合ってみよう。そういう何気ない会話を大切に。

<執筆>

後閑愛実(ごかんめぐみ) ツイッター:@MeguGOKAN

群馬パース看護短期大学卒業後、2003年より看護師として勤務。2013年より「看取りコミュニケーション講師」として、講演活動を始める。雑誌やニュースサイトでの連載のほか、2018年に「1000人の看取りに接した看護師が教える 後悔しない死の迎え方」(ダイヤモンド社)を出版。

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