【Exhibition公演レポート】オンラインと劇場、異なる鑑賞体験

“APAF Exhibitionがあなたをユニークな冒険にご招待します!”

これはチケット予約の最初の画面にある文言です。この導入で始まる今作の冒険は、コロナ禍だからこそ生まれた、舞台とオンライン空間をつなぐ試みとなりました。

4月より、コロナ禍でどのような国際コラボレーション制作ができるのか……先が見えないなか、いかにパフォーミングアーツを成立させられるかと、オンライン配信と劇場上演を組み合わせたパフォーマンスの可能性を探り、迎えた公演。スタッフもパフォーマーも誰もが初めての挑戦にあたって模索し続け、10月22~25日に東京芸術劇場シアターイーストで『フレ フレ Ostrich!! Hayupang Die-Bow-Ken!』を上演しました。

当日パンフレットリンク
(ディレクションチームコメント、創作プロセス、作品背景などを掲載)

公演写真

複数の場所から参加する、さまざまなパフォーマー達

物語には、卵を探すダチョウが誘います。そして「ひとつ目のヤギ」やある街を統治する指導者が登場します。この物語はフィリピンはじめアジアにおける独裁政権のイメージをアイデアの起点とし、コロナ禍の状況を照らし合わせた寓話的作品です。

出演するパフォーマーは、日本、フィリピン、インドネシアの3か国から参加しています。国だけでなく、それぞれのアーティストとしてのバックグラウンドも異なり、バニーはボーカリスト、ロビはミュージシャン、山中はダンサーです。

一人の演出家が創作を率いるのでなく、3名のディレクションチームを中心にパフォーマーやスタッフそれぞれがアイデアを出し合い、トライとフィードバックを重ねてイメージを共有しながらシーンを立ち上げていきます。直接顔を合わせたことのないバックグラウンドの違う相手について想像しながらコミュニケーションを重ね、創作を進めていきます。言語が異なるだけでなく、画面越しでは空気感がわからないなか、通訳業務を担当するアートトランスレーターとともに積み重ねていく作業はとても時間がかかるものでした。

参加する観客~2つの選択肢~

参加/鑑賞の方法には2種類ありました。①池袋の東京芸術劇場に足を運ぶ「劇場」の観劇と、②Zoomで鑑賞する「オンライン(ソーシャル・アジア・シアター)」の観劇と、です。

「劇場」での観劇は通常どおりですが、「オンライン」の観客は劇場ステージ上のモニターに顔が映し出されます(任意でカメラをオフにすることもできます)。

「オンライン」で鑑賞する観客は、日本、フィリピン、インドネシアほか各国からも観客が集まりました。各自が、紙、ペン、食べ物、ブランケットを持参してパソコンやスマホ画面からアクセスします。そして劇中ではパフォーマーらの指示に沿って、絵を描いたり、その絵を破ったり、食べ物を食べたり、言葉を発したり、眠ったりし、そのようすが劇場のモニターに映し出されます。また、モニターを通して劇場で起きていることを観るのですが、そのようすは、劇場ステージを縦横無尽に動き回るカメラマン(和久井幸一)の映像中継により鑑賞できます。それはまるで、音楽ライブの映像がモニターにリアルタイムに映し出されるように。

一方で、「劇場」の観客が目撃するのは、ステージで踊ったり話したり演奏するパフォーマーと、舞台上で映像などの操作をするテクニカルスタッフのようす、モニターに映し出された「オンライン」の観客が劇中に参加する様子です。生の演奏やダンスを観られるものの、コロナ感染拡大防止のため声を出せず、誰かとコミュニケーションをとることもできません。

コロナ禍でなければ、劇場に足を運べば観客がパフォーマーや他の観客とコミュニケーションをとる上演もありえますが、オンラインの方が作品に参加できるという状況です。近くにいる人ほど遠く、遠くにいる人ほど近く感じる。そんな逆転が起きたような不安定な感覚は、上演芸術のリアル、ライブの価値観を揺さぶるという今作ならではの新しい感覚でした。
また、「オンライン」の観客と、「劇場」の観客は、かなり異なった作品の印象を受けたことでしょう。同じ時間を共有しながら同じ物語を観ていたにも関わらず、です。舞台上演が作品のメインでそれを映像配信しているわけでもなく、その逆でもない。どれが一番正しい見え方だということのないパフォーマンスでもありました。

劇場とオンラインを繋ぐ、テクニカルスタッフによる実現

開演前の挨拶をする多田ディレクター。舞台上奥にテクニカルブース。

APAFは舞台芸術に関わる人材の育成事業であり、今年のExhibitionではディレクションチームの3名(ジェームズ・ハーヴェイ・エストラーダ、Aokid、額田大志)がいわゆる育成の対象者になります。彼らが今、この時にできる国際コラボレーション作品を模索していくなか、必要となったのが優秀なテクニカルスタッフでした。

オンラインでアジア各国をつなぐ稽古とパフォーマンスにおいて、通信がとぎれたり、音質が悪かったり、演目のなかでコミュニケーションがスムーズにいくかなどの技術面全般は、メディアアートや現代美術の分野でも活動するイトウユウヤがオンラインテクニカルディレクターを務めました。

舞台左手、撮影をする和久井幸一。映す映像はリアルタイムでオンライン観客が視聴できる。

舞台上をカメラマンがつねに動き、映像をリアルタイムで配信します。その映像にうつる照明は、モニター越しでも映えながら、劇場空間を彩るような色を、限られたなかでのデザイン。また、音響は、劇場とオンライン両方で生まれる音の表現や、ふたつの間にどうしても生じる時差に対応します。それら同時に巻き起こるすべてを見る舞台監督など、専門の技術があってこそ、劇場に、そしてオンライン上に、同時にパフォーマンスが存在します。

また、映像については初日の4日前から、作品タイトルにもなっているOstrich(ダチョウ)が海の向こうから劇場のある池袋まで旅をしてくる動画をSNSなどで配信。ダチョウの衣裳や、物語へ誘うダチョウのアニメーションを制作しました。

YouTubeリンクはこちら

アニメーション

オンラインと劇場をリアルタイムで繋ぐとはいえ、関わる人同士がコミュニケーションを重ね、それぞれのポジションから専門技術を用いて作品を良くするということは同じ。しかし、舞台上で起きていることをリアルタイムでモニターに映す舞台作品はいくつかあれど、作品を鑑賞する観客も2方向(オンラインと劇場)あり、しかも参加度合いがオンラインの方が高く、時差も言語の違いもある公演は、ほぼ誰も経験がなく、それぞれの関係を同時に成立させることはテクニカルスタッフの技術でこそ実現できたものでした。

舞台上、演奏する額田の奥にテクニカルスタッフら

「この作品は、劇場で目の前で起きていることと、オンラインの画面で起きていることが違います。そのため、たとえば「今の映像にはこう映っているけど、舞台上のカメラマンはこっちへ動いているから、きっと次の映像はこうなって……」と、劇場にあるパフォーマーの身体を目の前にしながらも、意識が劇場とオンラインとに引き裂かれていく。それはほとんどのスタッフにとっておそらく初めての経験なので、事前にどれだけの時間や労力が必要かの予想は難しかった。でも、この先はきっとクリアになっていくでしょうから、非常に意味のある公演だったと思います。困難でしたが、楽しかったです」(イトウ)

観客の反応~オフラインとオンラインで異なる作品~

多田淳之介APAFディレクターは2020年度のAPAF開催にあたって、テーマを“Anti-Body Experiment(抗体実験)”とし、こう述べました。

「“Anti-Body Experiment” は今後の感染症蔓延時にもパフォーミングアーツを楽しむための抗体作りであり、オンライン=非身体のパフォーミングアーツ化の実験でもあります。オンライン開催であっても全く悲観的ではありません。距離を超え繋がりを生むオンラインの強みと、今ここで起きていることを実感するパフォーミングアーツのハイブリッドにより、アフターコロナ、ウィズコロナ時代の未来を開発します。」(一部抜粋)

映像作品ではなく、オンラインでも体験できるパフォーミングアーツ作品を模索したひとつの過程にあるだろう今作は、観客からもさまざまな声をいただきました。(以下抜粋)

●オンラインの観客の視点

「オンラインで海外の方と一緒にパフォーマンスできて一体感があった」

「オンラインでも「観劇」をしている、劇場体験をしているという感覚を持てる演出だった。現実の客席に座っていても舞台上や客席間の見る/見られるの関係性があると思っているが、オンライン上でもそれが感じられた」

●劇場の観客の視点

「劇場の観客が取り残されることが悪いことではなく、その状況をどう扱うかだと思います。劇場でないと豊かな観劇体験ができないと言われていたはずなのに、こういう事態が起きていることは非常に興味深いです」

「見る/見られるの関係が面白い。ネット上の人たちは知らないうちにみせものにされている」

「文化の違いもあると思うけれど、オンラインの参加者のほうが自宅なのでリラックスして積極的にアクトに参加できているようで、それが面白い。劇場で同じことをやれと言われても難しい」

●全体的な視点

「この状況(コロナ禍)の中で、演劇の共同作業を国を超えた新しい方法で行う実験的なプロセスとして、なかなか面白いと思います」

「この作品は参加者の各種リテラシーが試されているように感じた。準備のなかった自分は置いていかれた」

「これから、オンラインとオフラインで観客の目撃する結末が違うというような形の上演もあるのではないかと考えました」

これらのコメントは、作品上演後のフィードバックにて観客から寄せられたものです。APAFのチラシには“アジアの作り手たちの実践に、どうぞ「接続」してください”という文言がありますが、育成事業であるAPAFは上演後に毎回フィードバックを設けています。今回は「Happy Birthual Tamago Party」と称して60分のフィードバックを実施。アプリを利用して、劇場・オンライン問わず質問を投稿でき、すべてリアルタイムでモニターに表示されます。

写真中央のモニターに、投稿されたコメントが表示され、更新され続けていく

Exhibitionディレクションチームの3名が、日本語と英語で届く質問や率直なコメントを見ながら、その場で答えていきます。また、ここでいただいた問いかけを受けて、上演ごとに作品を見直し、3回公演をかけてブラッシュアップしていきました。

コロナの影響で集まることが困難な状況で、けれどもデジタル技術を持つ人間が、パフォーミングアーツの可能性を模索することは、これからも続いていく課題でもあります。その大きな課題に関連するコメントや作品への疑問は、この公演に立ち会ってくださった観客の方々からたくさんのフィードバックとしていただきました。そのいくつかについて、11月中にWEB上にて回答いたしますので、またご覧ください。

>フィードバックへの返答(リンク)※後日公開

Photo: Kazuyuki Matsumoto

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Asian Performing Arts Farm (APAF:エーパフ) 2020
APAF_tokyo

東京芸術祭における舞台芸術の育成プログラムです。OpenFarmでは【会期:10/20~25】に向けプロセスを公開していきます/APAF is a Tokyo Festival program supporting the development of young artists. https://apaf.tokyo