【Lab】プレゼンテーションを終えて、撒かれた「種」から「根」を広げる

舞台芸術のこれからを担うアジアの8名が、自分のなかにあるアイデアの「種」を育てていった2か月の『APAF2020 Lab』も、いよいよ終わりを迎えました。APAF2020テーマである“Anti-Body Experiment”というテーマのもとそれぞれのリサーチを深めていくためにも、とくに今年のコロナ禍において、互いに集まり意見を交換できる安全な環境を持てるよう、ファシリテーターらが尽力してきました。

8月末~9月末にかけてのLab前半期間は、週に1度オンライン上に集まり、メンバーそれぞれが「今の自分にとってなにが重要なテーマか」「どんな問題意識を持っているか」を見つめてきました。パンデミックのなかでの隔離生活や、コロナによるパフォーミングアーツへの影響、災害・SNSなど社会とのこと、母親との関係……どれも今の当人にとって興味を引く、切実なテーマです。
それらをよりリアリティを持って具体的に突き詰めていくために、9月末~10月末のLab後半期間では、互いの考えをシェアして意見交換をしたり、さまざまな専門家のレクチャーを受けて思考と視野を広げ、10月23~24日はついに『最終プレゼンテーション』でした。

一度形にしてからの、変化~中間プレゼンテーション~

自分のなかのアイデアの「種」を見つめてきた最初の1か月。9月17日にはオンラインで『中間プレゼンテーション』を実施し、初めてそのアイデアを、APAFの関係者やAPAFの他プログラムメンバーなどに向け発表しました。

ファシリテーターの一人、武田力は中間プレゼンテーションにあたり、プレゼンテーションを聴講するExhibitionやYoung Farmers Campのメンバーにも「プレゼンテーションでは、8名から、自分が住む国の状況やそれぞれの特性や経験を活かした発表が共有されます。プレゼンを聞きながら、『このコロナ禍に、舞台芸術(パフォーミングアーツ)は有効なのか? それはなぜか?』を考えてください」と問いを投げかけます。

今、それぞれにとっての大事なテーマを深めるためには、誰もがパンデミックを意識せずにはいられません。ダンサーのアレクシス(中国)は、「この孤立している時代にパフォーマーがどうなるのか関心がある」、「パフォーマンスってなんだ?ライブってなんだ?」と問いかけます。また、プレゼンテーションともなるとその発表方法もそれぞれで、ボルム(韓国)は、母へ怒りをもとに、「怒りのないパフォーマンス」を踊りました。インスタグラムのストーリーについて研究するニア(インドネシア)は、アプリを使ってバナナのキャラクターに扮し配信。山口惠子(日本)は、「リハーサルで実施したスライドでの発表をやめます」と、自宅内のさまざまな場所を移動し映しながら話をします。また、ネス(フィリピン)はマニラの路上音を流しながら、東京の街中を歩いた経験をチャットでシェアし、オンラインによって同時に複数の場所に存在する体験を伝えようとしました。

ボルムの「怒りのないパフォーマンス」
急遽プレゼンを切り替え、パソコンを持って自宅内を歩き回る山口

自身のなかにあるアイデアの「種」を、どうすれば他人に伝えることができるのかを意識した、中間プレゼンテーション。それが、引き金になったようです。それまで週1度の活動をゆるやかに探り探り行っていた参加メンバーたちは、中間プレゼンテーション翌日には自発的に「ディスカッションしたいから集まれないか?」と提案し、定められたLabの時間外の活動が増えていきました。

参加メンバーのひとりジュンイー(マレーシア)は、のちにLabの活動について「親密さに関して考えることになった」と振り返りました。

「2か月の活動期間のうち、最初の一か月は一週間に1度、顔を合わせてお互いのことを報告しました。それは、物理的に対面するのとは違った体験でした。どうやって自分自身の持つなにかを他人にシェアすることができるのか、全員にとっての問いだったと思います」

この頃から、メンバーは意識的に、互いに繋がろうとしはじめました。

少数にわかれて行う予定だったグループディスカッションも、メンバーから「みんなで」「一緒に」という声があがりました。発言の量が増え、誰かの考えにさらに自分のアイデアをシェアしようとすることが増えていきます。相手の考えに耳を傾け、一緒に考え、知ろうと、メンバー間でのヒアリングやアンケートやディスカッションもおこなわれるようになりました。また、活動日ごとに「会いたかった」「寂しいね」という言葉も交わされ、Labがそれぞれの日常に馴染んできているようすも伺えます。

一方で、互いの考えや興味を持つテーマが似てくるという影響もありました。

外からの刺激 ~レクチャーとフィードバック~

メンバー間の心理的な距離を縮めながらも、外からの刺激を得られる機会がLabには設けられています。

3名の講師によるレクチャーでは、舞台芸術に関連しながらもまた違った専門視点で、コロナ禍の現状や関係性を考えます。レクチャーは各2時間以上おこなわれました。

10月1日、レクチャー1回目の講師は、熊倉敬聡氏(現代アートやダンスの研究・批評・実践者)。各自が炊いたお米を持参して食べるレクチャーでは、「米」を食べるEating Meditation(食べる瞑想)ことを通して「米」に対するコモン・センス(共通認識)を問い直し、その問い直し自体を分有するワークショップを実施。熊倉さん自身の国内外での体験をもとに、「いったい“現実”とはなにか?」を問う時間となりました。

熊倉敬聡氏のZoomによるレクチャーのようす

8日の講師は、イカ・フェルナンデス氏(都市開発・文化研究者)。開発、文化の橋渡しをどうするか、人の関係性をどう構築するのかなど、都市計画や平和構築についてのディスカッションによって、研究者としての思考を共有していただきました。12日は、内野儀氏(演劇研究者)が、パフォーマンス・スタディーズの専門家として「すべての事象はパフォーマンスとして研究することができる」との視点から、コロナ・ポストコロナの状況についてレクチャー。この全3回のレクチャーにはYoung Farmers Camp(YFC)メンバーも参加し、そこでの交流も生まれました。

またレクチャーとは別に、多田APAFディレクターから、中間プレゼンテーションの具体的なフィードバックを得られたことも刺激になったようです。音声や映像を収集・制作したり、自身がテーマにとりあげたことについて検証実験をおこなったりと、それぞれの活動がより立体的になっていきました。

辿り着いた通過点 ~最終プレゼンテーション&フィードバック~

10月23、24日には、オンライン上にて最終プレゼンテーションが一般公開されました。

※当日パンフレット → リンクはこちら
(各プレゼンテーションタイトル、Lab期間のプロセスなどを掲載)

“最終”とありますが、それは今年度のLab期間にとっての最終であり、参加メンバーにとっては通過点です。

プレゼンテーションの冒頭、ファシリテーターからは「プレゼンテーションはまだ「種」のようなものです」と前置かれます。

「Labではディスカッションを重視し、レクチャーによってさまざまなジャンルの方から現在の状況をナビゲートするなど、異なるビジョンを共有しました。メンバーそれぞれが持つ「種」のアイデアにはそれぞれの現地での生活があります。離れた場所からも支えあえるように、この「種」を共有していきます。どう「種」を育てるかを考えることは、この世界をどう育てるかに繋がります」

最終プレゼンテーションは、各自15分ごとの映像発表と、『Lab Gallery』と呼ばれるオンライン資料を使用しています。『Lab Gallery』では、プレゼンテーションでは紹介しきれない各メンバーのこれまでの活動に関する資料などを掲載。まるで地図をみるように、気になるコンテンツに近寄ってテキストや動画を見たり、コメントをつけることができます。

Labギャラリー(オンラインホワイトボード「Miro」を使用)

8名のメンバーが発表したプレゼンテーションのなかには、自室、トイレなどのプライベート空間に、自分以外のLabメンバーのエピソードやそれぞれが撮影した写真や映像なども登場し、それぞれのプライベートな空間からインターネットを通じて行われた確かな交流の跡が垣間見られました。

発表の方法も、オンラインならではのアプリケーションを利用したり、ゲームのように選択肢のあらわれる映像編集を加えたり、プレゼンテーション鑑賞者に鑑賞中の音声を録音させたりなど、同じ空間で目の前で繰り広げられるパフォーミングアーツとは異なるさまざまな演出が試みられていました。

映像に選択肢が現れる ※観客が選択することはできない(アレクシス/中国)
オンラインでしか対面したことのない他メンバーが出演したパフォーマンス(スナヤナ)
バーチャルとライブで、観客とパフォーマーがそれぞれどんな経験をするかの実験(ニア/インドネシア)

また、これら最終プレゼンテーションは、東京芸術劇場のアトリエイーストで上映&展示されました。

アトリエでは、Labギャラリーの内容を展示

そして25日の最終日には、ゲスト2名を招いてのフィードバックセッションを実施しました。9か国をつないでのライブ配信です。

武藤大祐氏(ダンス批評家、振付家)は、最終プレゼンテーションで印象に残ったことやダンスの視点での解釈をコメント。さらに武藤氏とリバー・リン氏(台湾/アーティスト、Asia Discovers Asia Meeting for Contemporary Performance (ADAM)キュレーター)により「ささいな個人的な動きはどの程度振付されていたのか?」「参加アートやソーシャルエンゲージメントはこれからどのように発展すると思う?」などの具体的かつ批評的な質問を投げかけられたことで、メンバーそれぞれのプレゼンテーションの奥にある思考や思想がひも解かれていきました。

質問を受けたことにより、未来への発言が増えていきます。「観客のあり方について考えなければいけなかった。それはこれからも続けないといけない」(ニア)、「今後は他のメディアなどのテクノロジーを使ってなにかできるかもしれない」(スナヤナ)、「今後は劇場での上演でも、観客との関係性がよりフラットになるかもしれない」(山口)といった未来の可能性のほか、「Labに関わり始めた理由は、パンデミックによる混乱を理解する状況がほしかった」(ジュンイー)と、コロナ禍において舞台芸術分野で活動するうえでの足場を省みるきっかけにもなりました。

最後に多田ディレクターが「どのメンバーも、画面の向こうの観客をものすごく意識してプレゼンテーションを作っていました。実際に観客とのインタラクション(相互作用)があったものもありますし、そうでなくても、画面のむこうに一人の観客がいることを想像したうえで作られていました。おそらく舞台芸術作品を作る時よりも強い想像力を使っていたでしょう。それは、観客と一対一の関係をつくるという体験でもあったと思います」と振り返り、「会えない現状に肯定的にはなれませんが、ポジティブに向き合い続けたい」と締め、Labのフィードバックセッションは終了しました。

それぞれの参加者が抱えるテーマを探求した今回のAPAF Labではそれぞれの参加者が抱える問題意識やアイデアの「種」を蒔き、オンライン上のファームで2ヶ月かけて育みました。そしてここから芽が伸び、「根」を張ることで、これからの時代を生きていくためのパフォーミングアーツによる抗体(Anti-Body)となるでしょう。

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Asian Performing Arts Farm (APAF:エーパフ) 2020
APAF_tokyo

東京芸術祭における舞台芸術の育成プログラムです。OpenFarmでは【会期:10/20~25】に向けプロセスを公開していきます/APAF is a Tokyo Festival program supporting the development of young artists. https://apaf.tokyo