
家事と仕事のアナロジー
前回の記事で『”得意な家事をやって満足する”って、やってる方はドヤ顔なのですが、もう一方は中途半端にやられて不満気・・・。』と書きましたが、今回はこの残念な状況が起こる仕組みを、家事と仕事を比べながら考えてみます。
仕事編
仕事は一人で完結するものでは無く、川上から川下まで多くの人の成果がリレーされて最終的な成果に繋がっています。これは組織に属していようと個人事業主であろうと、一度でもお金の発生する仕事をしたことのある方なら頷けることと思います。人には得意、不得意があるでしょうから、その時は仕事のチーム内で各自の得意な分野を組み合わせて最終的な成果に繋げていくことになります。しかし自分の得意なことしかせず、他人はお構いなしといった態度では、他のチームメンバからも信頼は得られず、成果を出し続けるチームであることは難しいのではないでしょうか。いずれにせよ最終的に成果が出て、お客様に満足いただければ金銭的な対価がもらえ、満足してもらえなければ振り向いてもらえなくなります。
家事編
さて、家事はどうでしょう?準備から片付け、さらに次回の準備まで、仕事同様にいくつかのステップがあり、どれか一つのステップを完成させても次のステップがあります。夫が得意なこと、妻が得意なことも勿論あるでしょうけれど、チームの主力メンバは夫婦2人しかいません。一方が得意なことだけをやっていたら、当然もう一方がその他のことをやらなければなりません(外部委託するという裏技もありますが、日常的に裏技を使える家庭は少ないでしょう)。得意なことだけをやっている方が自分の成果にドヤ顔でもしようものなら、他のこと全部を任された方は堪らず、信頼関係もままならなくなるでしょう。最終的には生活するのに必要な家事はなんとかこなされていき、その受益者は自分たち自身となります。家庭内での仕事の対価はお金ではないので、代わりに感謝の言葉や態度がもらえたりもらえなかったりします。お互いに感謝の言葉や態度がないと、相手に感謝されていないと感じ、妻に限らず夫も「やんなっちゃうよなぁ〜」と思ってしまいます。ドヤ顔してる時って、自分のことで頭がいっぱいで、相手が補完してくれたことを忘れがち。相手あってこその自分という気持ちを示さないと、一方は『せっかくやったのに』と思い、もう一方は『中途半端にやって、、、』と噛み合わなくなり、相手に振り向いてもらえなくなるのではないでしょうか。
家事と仕事は似ている?
こう書くと、家事と仕事ってなんだか似ていませんか?評価の方法など異なる点はありつつも、家事も仕事も『あるコミュニティの運営において必要なタスク』と考えれば、本質的には同じと言えるのではないでしょうか。『家における仕事=家事』なんですよね、きっと。仕事には一生懸命打ち込んでいるけれど家ではパートナーとの信頼関係がイマイチ、、、という場合は、会社での仕事でされて嬉しかったことや、やって喜ばれたことを家庭というコミュニティに置き換えて打ち手を考えると、いいアイデアが浮かぶかもしれません。たま〜に、お互いの良いところをフィードバックし合う、とかね。
今回もお読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!