海外から帰国、そして都内保育園入園を目指す!(その4:保育園・家・帰国・そして仕事復帰)

T.H.
深く味わう:Appreciation of Life
5 min readAug 19, 2017
当時の情報収集拠点(2畳ほどのキッチン横の謎のスペース)

保育園見つかる

年度途中帰国×1歳児×住所不定という厳しい条件で、それでもはるお(仮)にあった保育園を見つけて夫婦ともにできるだけ早く働きたい、ということで、都内保育園入園のルールを理解し、我が家なりの作戦をたてたところまで書きました。

そして、留学の最終学期もラストスパート、という頃から、帰国準備も本格化します。6月1日入園を目指し、4月末頃から気になっていた認証・無認可園・事業所内保育所に空き状況を問い合わせました。そして5月時点で空きが見つかったのが、

①とある無認可園(今現在、はるお(仮)がお世話になっている園)、

②私の職場の事業所内保育所、

③6月1日に新設予定だった職場近くの別の事業所内保育所

の3軒です。①は候補にあげた無認可園の中でも特に気になっていたところだったので、入園を前提に、①の近くで家を探すことに決めました。

家見つかる

家探しは義両親にとてもお世話になりました。

①SUMOで条件に合った家を検索、

②不動産屋さんと内覧の日時を調整、

③義両親に内覧に行ってもらう、

という形で何とか希望の無認可園の徒歩圏内に家を確保。職場付近の事業所内保育所のいずれにも、子連れ電車通勤は大変ですが何とか通えそうな場所です。

帰国までにやったこと

家を探している間に、他の方が先に申し込んで希望の園の定員が埋まってしまう、という可能性もありました。また、ゴールデンウィークの時期だったため、新居の賃貸契約の手続き・審査にとても時間がかかり、希望の園の近くにうまく家を借りられない可能性もありました。なので、希望の無認可園を諦めざるを得ない場合も想定して、事業所内保育所にも入る可能性を残せるよう、区による保育認定申請の準備も同時並行して進めました。主に、

①夫婦それぞれの勤務証明書や所得証明などの書類の手配、

②5月下旬に帰国をして、住民票登録、すぐに保育認定申請、6月1日までに保育認定書を出してもらうことが可能か、区役所と調整(→ご親切に、そのようにご対応いただきました。)

の2つです。また、保育認定を受けた場合、入園月内に夫の復職証明を区に提出しなければいけない、ということで、それが間に合うように夫の復職日が(半ば自動的・強制的に(笑))確定しました。

この時期は、日中は期末試験やレポート作成があり、ニューヨークでお世話になった皆様にご挨拶にも行きたいし、退去の準備や家具の処分などもありました。幸いなことにニューヨークと日本では時差があり、昼夜が逆転していますので、それを利用して昼間はニューヨークで活動、夜は日本の不動産屋さん、保育園、区役所、そして協力してくれる義両親と電話、という、まさに24時間戦えますか状態。

帰国する

帰国自体、なかなか大変だったのですが、それは割愛して、帰国してからの我が家は、

1日目:都内について、家の契約書にサイン→ホテル泊

2日目:倉庫に預けてあった荷物を新居へ搬入→ヨロバシで最低限の家電購入

3日目:保育園3園(帰国時点でいずれもまだ空きがあった!)を見学→無認可園にお世話になることを決めて一安心

4日目~:新居片付け

という感じでした。またしても昼間は活動、夜は時差ぼけでお目めぱっちりのはるお(仮)の相手という24時間体制です。

やっと・・・やっと・・・

こうして帰国から約10日後の6月1日、私は仕事へ、はるお(仮)は保育園へ、通い始めました。24時間体制生活が終わり、規則正しいまともな生活が送れること、そしてはるお(仮)が楽しく保育園に通っている間に夫婦が再びキャリアを積めること・・・本来であれば新しい仕事に向かって気が引き締まるべきところですが、逆にほっと気が緩んだ一日でした。

忘れてはならないのが、義両親が遠方からわざわざ、都内の家の内覧、保育園の見学、引越しの手伝いに足を運んでくれたことです。夫の両親という偉大な理解者・協力者がいなければ、このスケジュールでの帰国、家・保育所探し、職場復帰は絶対に成しえなかったと思います。これからゆっくり、しっかり、感謝を伝えていきたいと思います。

最後に

海外から保育園や家を探すことは、御覧のとおり、楽ではありませんでした。でもすべては「子供のため、夫婦のキャリアのため、家族のため」です。

ニューヨークは、楽しいこともたくさんありましたが、概していえば子育て環境は厳しいです。冬は寒くて子供を外で遊ばせられない日が多いのに、家は狭い。家賃も物価も、保育園も私立の学校も習い事も、驚くほど高い。公立学校は住む場所によっては問題を抱えていたりもする。教育への親のコミットメントとして親に求められるレベルも高い。そういう街で、あの手この手を使って、子供にとって、家族にとって、よりよい選択肢を、と柔軟に、でも執拗に探り続けるたくましいニューヨークのお父さんお母さんたちをたくさん見てきました。そういう姿を目に焼き付けられたこと、少しでもその逞しさを身に着けることができたこと、これは子連れ留学で得られた一つの財産だったな、と思うのです。

これで、「海外から帰国、そして都内保育園入園を目指す!」シリーズは終わりです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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T.H.
深く味わう:Appreciation of Life

Working Parents who have a 3-yrs-old boy & a newborn baby girl in Tokyo. 妻の留学先であったNYで当時0–2歳だった息子と育休生活を送っていました。帰国後も夫婦それぞれの視点で、夫婦のこと、子育てのことを綴って行きます。