みちルネと私の大学生活

Ashoka Japan
Feb 24, 2017 · 7 min read

お久しぶりです!
渡辺真帆です。

最後に投稿したのが、大学2年生の春休みでびっくりしました。東北のスタディーツアーのみちのくRenaissance! (通称みちルネ)も、私自身も私が大学5年生を終えるまで、いろんなことをやってきました。

何を書こうかなー。。と考えていたのですが、二つ、分けて書いていきます。

1.みちルネのこと
2. 大学生活のこと

1, みちルネ

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大学1年生の冬に、「ボランティア以外で東北を知れる機会が少ないのが、寂しい。」「もっと気軽に被災地をを知って、好きになれる機会はないのかな。。」と思って友達5人と一緒に作ったスタディーツアーの「みちルネ」。大学から資金のサポートを頂きながら、上智大生が東北を知るための一歩となるために始めた活動です。

みちルネのネーミングの背景には、「東北=被災地」という固定概念を取り払いたいという思いと、中世の「ルネサンス期」の様に、もともとあるものを生かしながらプラスのものを生み出す、その様な復興のあり方の願いを込めていました。

もう一つのNPOのAIESEC という団体の上智大学代表をやったり、インドネシアの支部のチームに1年入っていなかったりと、メンバーには、いつも頼りっぱなしでしたが、仲間の想いの強さと大学の研究所の理解のおかげさまで、4年後の今でも活動が続いてます。私たちが行った時は、石巻、松島、塩釜、気仙沼を拠点としていましたが、今では、陸前高田や釜石でも活動をしている様です。もう、創設メンバーは誰もみちルネで活動していませんが、当初の理念や価値観が引き継がれているのは、本当に誇らしいです。

石巻がクールな街になっている

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震災から1年もまだ経っていない、私が高校3年生の時に初めて、復興支援ボランティアとして訪れた石巻。当
時は、あらゆる家や建物に津波がここまできました、や、家のものがまだ地面に流されたまま、ありました。みちルネの視察やツアー、または、個人的に友達や後輩を連れて訪れるたびに少しずつ姿を変えて行っていました。

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ちょうど2週間前、みちルネの最初の創設メンバーの5人のうち4人と東北へいきました。私が1年半ほど海外に行っていたこともあり、なかなか足を運べなかったので、久しぶりの東北でした。

半日ほど、石巻の中心をあるいたのですが、そのオシャレっぷりにびっくりしました。助けたい街とかじゃなくて、めちゃくちゃ行けている「フォローしたい街」になりました。石巻、格好良いです。本当に。

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2, 大学生活について

今日の朝、やっと卒業が確定したので、大学生活を締めくくるに当たっての言葉が書けそうです(笑)

大学生はこういうことをやるべきとか1年生のころから、あーだこーだ言われて、疑いながら、自分なりにやりたいことだけを自由にやってきました。常に、食べられる以上の食べ物がお皿の上にあるような、盛り沢山の状態でした。

私が個人的に、大学生活に出来てよかったなーと思うことを3つ書きます。

1, 自分を知る

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高校までは、それぞれの性格や、行動の仕方がわからなくても、乗り切れてしまう場です。一方で、学生で何かしらのプロジェクトや活動をするという時は、チーム
メンバー全員をしっかり知らないと上手く物事が進みません。他の人を知る前に、一番大切なことは、自分がどういう強みや弱みを持っていて、チームにどうやって貢献できるのかということでした。
高校の時には、あまり意識していなかった、自分の得意なこと、苦手なことに嫌というほど向き合う機会が沢山ありました。世界にインパクトを与えている人ほど、自分の確固たる価値観と強みをベースに活躍している気がします。自分が、等身大の自分であることが、周りの人を巻き込んでリードできることにもなるのだと思います。

2, 仲間と挑戦する

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みちルネは、最初、大学からの資金補助をいただけることが決定していましたが、ツアーの内容やコンセプトなどは、全く決まっていませんでした。その状態がツアーの3ヶ月前でした。大学に資金をいただいているのに、全然何もプランできていない、という状況でプレッシャーと 不安もありました。しかし多くの場合は、メンバーに支えられて、チャレンジを楽しみながら、夜な夜なSkype で話したり、大学にこもったりしていました。

自分なんかが、、、と躊躇してしまわずに、図太くチャレンジしたことで得られる機会は、計り知れません。

私が上智の委員長をしていたAIESEC のでも、全国の仲間の中で、休学して海外のアイセックで活動するという選択肢をとったのは、私だけでした。3回目の先行でやっと合格するまではもちろん、現地に行っても何もわからないのに2500人規模の組織の幹部になり、常に不安もあったけれども、17人の24時間365日生活を共にしたチームメンバーから学んだことは、数え切れません。

“It always seems impossible until it’s done”.

チャレンジするためのエネルギーというのには、私は、2つありました。

それは、自分自身の想いがあって、どうしてもそれを実現したいから思い切って飛び込む、というエネルギー。もう一つは、周りの人が後押しをしてくれる、自分の可能性を信じてくれるから生まれるエネルギー。

幸い私には、そんなエネルギーが必要な時に、必要な量あったのだと思います。

3, 生き方へのこだわりをもつ

どんな生活がしたいか、どんな働き方がしたいか、どんな人といたいか、地球のどこで生きたいか。どういうことに喜びを感じ、どういう時に違和感を感じるのか。

私は、日本とインドネシアでの生活両方をして、なんとなく、自分なりの答えを出すことができました。「こういうところには自分は向かないな」とかは、分かる様になりました。

色々な生活や活動、出会いをすると、自分にあった生き方が少しづつわかってくるのだと思います。私は、大学生活中にそういう機会に恵まれてとてもラッキーだったと思います

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大学生活を通した色々な出会いから学んだことは、生き方は人それぞれであり、誰でも、自由に生きようと思えば自由に生きることができるのだということです。

これからも、自分の価値観を曲げないで生きていこうと思います。

最後までお読みになっていただいた方、ありがとうございました!

Ashoka Japan

ASHOKAは「Everyone a Changemaker =誰もがチェンジメーカーとなれる社会」を目指し、米ワシントンを本部に構え世界90カ国以上で活動するグローバルネットワークです。社会起業家の発掘・支援のほか、若者を対象としたプログラムも行っています。

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Realizing a world where “Everyone is a Changemaker” ・ASHOKAは、公益のためのイノヴェーションに取り組む人々の集団です。 39カ国にカントリーオフィスを設置し、90カ国で活動をしています。

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