表現すること。
「もえの言葉がすっと落ちることが多い。」
「もえちゃんって言語化にこだわるよね。」
ここ1ヶ月でプロジェクトに本気で向き合いたい、
自分の頭の中を表現したいと思って言葉にしてきました。
2人から言われたこと。伝わったなら嬉しい。
でも、たしかに、なんで言葉なのか考えたことはありませんでした。
「ことば」1つにたくさんの解釈やイメージ・雰囲気があることに魅力を感じていることは1つだと思います。
でもそれ以外の理由は?
絵が下手だから?ほかに表現する手段を持ってないから?どっちもあるな…。無意識に言語化以外の方法を排除していたかもしれません。
目に見えないものについて伝えたいとき、
みなさんは可視化しますか?言語化しますか?
ほかにもこんなのやってみなよなどあれば
ぜひわたしの引き出しを増やしてください!
ことばに頼ってきたわたし。
でも、わたしがひたすら言語化して創ろうとしている次の空間は
「言語化」にこだわらない表現の場です。
「伝えない」ことがあるとして、
「伝えられない」ことがあるとして、
そこにある理由は、
恥じらい?やましさ?面倒くささ?手段がないこと?
では、その理由を払拭できるとしたら?手段があるなら?
あとまわしにせず伝えられるかどうか。
ちなみに、わたしの11月の目標は
「あとまわしにしない」でしたが、なかなかむずかしい。
防災活動をしていると、
「いつくるかわからないからあとまわしにしている」
という人が多くいます。目の前のことで手がいっぱい。
本当にその通りだと思います。
でも、備えなかったら後悔する日が来てしまう。
目の前のことに追われて本当に大切なものを失うこと
があるかもしれません。
それは、目に見えるものの備えだけではなく、すべてにおいて。
「後悔しないように」
口で言うのは簡単。できていることはいくつあるやろう?
わたしが「みんなが後悔しないために」創れるものはなんやろう?
恐怖心からではない防災教育。
新しい語り合いの減災。模索中です。