自由になるということ
Part 1: 自分の軸を見つける
たくさんの人が自由を求めている。それがどういうことなのか、ずっと模索してきたら、最近、少しづつそれが見えてきた。
昨日高校の恩師と話していて気づいたこと、やっと言語化できたことをメモしてみる。
私の高校時代の恩師は、今、アドラーのコーチングの方法を使って、教育の現場を、教師にとっても、生徒にとっても、もっとハッピーな場にしようと奮闘しています。本当にかっこいい。。。
そのステップは、「自己受容、他者信頼、貢献感」だそう。自分の感情を受け入れ、自分を見つめる。そうすると、他の人の視点にも立って、自分とは異なる立場からも物事が見れるようになる。そして、その二つができるようになると、周りに与えられる存在になる。という考え方。
聞いていると。。ん。。?!
同じようなことを言っている人がたくさん思い浮かんだ。
アショカ・フェローで、心の教育の第一人者のメリー・ゴードンの「Roots of Empathy」。去年来日したアショカ・フェローで、1997年のノーベル平和賞受賞者のジェリー・ホワイトの「Game Changing Leadership — from Victimhood to Survivorhood」。世界的ホースウィスパラー、モンティ・ロバーツの「Join-Up」。学生時代アイセックで学んだ「inner journey」も。
みんな同じことを言っている!と思った瞬間、自分の中でいろんなことが繋がった。まさに、AHA! moment (*u*)
自由をつくるための渡辺真帆流のレシピ:
- 自分の軸をもつ (Reflection)
- 他者を信頼する (Empathy)
- 貢献する (Contribution)
今日は、まずは、
- 自分の軸をもつ
について書く。
軸とは、自分が何に感動して、何に怒りをおぼえて、何のために生きているのか。先生と話していた中で出た言葉でいうと「何フェチ」なのか。あるいは「ツボ」。
それは、自分がOO分野のOO問題を解決したい!というものでなくてもいい。「英語教育」とか「ホースセラピー」というツールの話でもない。もっともっと、自分の経験や関心を大きく括った中で、その根底に共通して流れるような、自分の感情の源。
最近やっとそれがわかるようになってきた。私の場合、
「分かり合えなさそうなもの同士が繋がる瞬間」
が好きで好きでたまらないのだ。自分の心が動いた瞬間を思い返してみてわかった。
小学生の時読んでた本の中で、馬と人間が通じ合った瞬間…
日本人と中国人の若者が和解した瞬間…
ハンセン病元患者の村の村人と話した時…
東北の復興支援のボランティアとして被災者と時間を過ごした時…
学生団体の代表をやっていた時にチームがまとまった瞬間…
123カ国若者が集まる国際会議に参加したとき…
モンゴルで馬とコミュニケーションが取れた時…
最近はまっている「獣の奏者」(人間と獣との関係を題材とした小説)を読んでいる時…
挙げはじめたらたらきりがない。「Mountains can never reach each other despite their bigness, but humans can」 というアフガニスタンのことわざが、高校生の時からずっと自分の座右の銘であることも、きっとこの軸を作っている。もちろん、高校生の時は、なぜこのことわざに自分が惹かれるのかなんてわからなかった。
逆に、分かり合おうとすることを放棄してしまった状態や場面に怒りをおぼえてしまう。
自分と異なるバックグラウンドを持つ人にレッテルを貼ること。
周りと「違う」からという理由で引き起こされるいじめ。
自分を棚の上にあげて、動物の行動を理解しようとしない人間。
時々立ち止まって、自分を深く、深く、見つめること。自分の感情に素直になって、「どうしてそのように感じるのだろう?」と問い続けること。
そういうことを積み重ねれば、きっと自分なりの「どうなればいいの?」の答えが出てくるはず。自分を受け入れて、理解できれば、どうすればハッピーになれるのかが分かるようにもなる。あとは、それを軸に選択を繰り返し続けること。そうすれば、自分の行動に責任をとる勇気もきっと湧いてくる。
所属する組織、家庭、社会に自分の幸福を委ねても、ハッピーになれる(ハッピーになれるという幻想を持てる)、そんな時代はもう終わりだ。自分の行動と幸福には自分が責任を持たなければいけない。予測不可能な時代だからこそ、失敗しても納得できるように、自分が選択をしているという自覚がなければ人々は自由になれない。内省して、自分の軸を見つけて、自分を理解し、受け入れることからすべて始まる。