サンフランシスコにて

はじめまして!現在、アショカ・ジャパンでインターンをしている芦田陽一朗です。普段はアメリカのミネソタ州にある大学に通っています。夏は35℃以上にもなるのに冬は-20℃くらいになるクレイジーな所です(笑)今は夏休みなのでその間だけインターンとしてお世話になっています。今日は、なぜアショカでインターンしようと思ったかについて書こうと思います。ちょっとシリアスで長いですがお許しくださいっ!

2017年2月。俺はカリフォルニア州のあちこちを10週間かけて車で回りながら、カリフォルニアの歴史や自然、文学などについて学ぶという大学のプログラムに参加していました。ミネソタで冬を過ごしていた俺にとってカリフォルニアは楽園同然。豊かな自然を満喫していました。

しかしサンフランシスコに行った時、路上で生活しているホームレスにショックを受けました。もちろん俺も人生の中でホームレスの人達を見たことはあります。けれど渋谷の宮下公園を除けば、どこかの公園の隅で1人か2人、青ビニールや段ボールで囲われた場所で生活しているイメージだったのです。それがサンフランシスコでは夜に道を歩けば建物の壁にもたれかかって座って寝ようとしている人が何人もいます。夜道で前を歩く友達に続いて何かをまたぎ、それが人の足だったと一瞬遅れて気づいた時、背筋に悪寒がゾッと走るのがわかりました。自分は人の体の一部をまるで物を避けるように避けた、ということにショックを隠せませんでした。リッチで華やかな大都市と、貧しいホームレスの人達。この奇妙な組み合わせは、どんなにビーチで楽しく遊んでも、キレイな自然を目にしても、俺の頭の中から離れず、いつも胸の中でモヤモヤを感じていました。

言葉だけの思いやりには意味がない。思いやりとは行動で表すものだ。2つの出来事を通じて俺はそのことをより一層強く信じるようになりました。

まず1つ目は友達と一緒に参加した反トランプデモ。中東7か国からの移民を禁止する大統領令に抗議する数千人の人々が集まり、“No ban! No wall! Sanctuary for all! (禁止反対!壁を作るな!聖域をすべての人に!)”と大声で叫ぶアメリカ人達の姿に一種の感動を覚えました。同時にシニカルにならざるを得ない自分もそこにいました。自分の人生で会わないであろう難民の人々にここまで熱くなれるのは高尚なことだけれど、ここに来た人のうち、その優しさを自分の身の回りにいる現実のホームレスの人に向けている人は一体何人いるのだろうか、と。

そして皮肉と批判に満ちた目は自分にも向けられました。俺は課題図書で読んだシュタインベックの『怒りの葡萄』の大ファンになり、「作者は大恐慌の時代の中で苦しむ人々の現実を描き、自身のコミュニスト的な革命の考えをほのめかしつつも、人同士の共感と思いやりこそが真の解決策であり最後の望みであると訴えている」という旨のことをレポートに書きました。彼の意見に強く同意し、レポートの出来にも満足していた一方で、そんな言葉の上だけのきれいごとに何も意味がないことに気づいていました。

そう思った時から、道端のホームレスに少しのお金を渡したり、スーパーで買ったパンとコーヒーを渡したりすることから始めてみました。けれど、自分が5ドルを渡したところで、せいぜい空腹を少し凌ぐ程度の、一時的な助けにならないということは十分わかりきっていたことです。自分の無力さにいたたまれなくなり、やるせない気持ちでいっぱいになりました。

そんなことを考えていた時、プログラムでロサンゼルスにあるHomeboy Industriesという場所を訪ねたことが自分の中で1つのブレイクスルーになりました。そこは逮捕歴のある元ギャングメンバーなどが社会復帰するためのトレーニング、仕事、部屋、カウンセリング、授業などあらゆるサポートを提供する団体で、顔の左半分から首にかけてタトゥーがある人がカフェでコーヒーを出している姿には驚きましたが、多くの人に愛されていることが感じられる雰囲気の場所でした。

実際にトレーニングを受けている人から話を聞く機会がありました。「私は酒気帯び運転で二度逮捕され、家族とも一緒に住めなくなってしまいました。でも今はここが提供してくれている部屋に住み、トレーニングを受けながら自立できるように毎日働いています。この18か月のプログラムが終わったらまた家族と一緒に住むと約束しているのでその日が待ち遠しいです。Homeboy Industriesのプログラムには本当に感謝しています。」そう語った女性の目はキラキラしていて、僕には確かな未来への希望が感じられたのです。それは税金や寄付に「支援されている」という受け身ではなく、自ら働いて将来の目標へ向かうという主体性と自信の表れなのだと思います。Homeboy Industriesは、住む場所や職、必要なサービスだけでなく、それらを通じて希望と自尊心を提供しているのだ、と心を強く動かされました。ホームレスの人達を見て落ち込んでいた俺は、一つの解決策と可能性を示されたように感じました。

この経験がきっかけで、social entrepreneurship(ソーシャルアントレプレナーシップ・社会起業家精神)というコンセプトに強く惹かれるようになりました。これはアショカの創設者であるビル・ドレイトンが1970年にsocial work(社会福祉事業)とbusiness entrepreneurship(起業家精神)を組み合わせて作った言葉だと言われます。簡単に言うと「困っている人を助けたい。けれど寄付や税金でお金を投入しても、一時的に問題が和らぐだけで根本的な解決には至らない。ならば市場や経済の力を上手く使って持続的に問題が起きないようにしよう」ということだと理解しています。この考えに強く惹かれ、アショカ・ジャパンでインターンしたいと思うようになりました。まだサンフランシスコで感じた無力感が強く残る中、どうしたらいいのかとインターンをしながら模索しています。

7月14日

芦田陽一朗(インターン)

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