Underplot

もう9年前になる。幼稚園グッズの買い物をする私に息子が持ってきたのは、キティちゃんのお箸のセットだった。キティちゃんグッズの中にはピンクとかパステルブルーを使った「お前、それはキキとララだろ」とみたいなのもあるんだけど、息子が持ってきたやつは赤と白のパキッとした色合いで、1970年代っぽいアナログなカッコいいキティちゃんだった。「いいじゃん」と私は言った。

息子は当時、ほとんどテレビ番組に興味を示さなかった。(デバイスとしての)テレビで観たものと言えば『スターウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』といった、家にある映画のDVDなど(1969年の『ミニミニ大作戦』マイケル・ケイン主演 もお気に入りだった)で、こいつは幼稚園に行って友達とかできんのかな、と思った。

『なんとかレンジャー』とか『アンパンマン』なんかのテレビ番組には、英会話の《日常会話でよく使うフレーズ集》みたいなところがあって「こういう言い回しはこういう意味なんだな」と幼児が学ぶのに、ある一定の効果を発揮するんだけど、全くそれなしで幼稚園に入園した息子は、先生の言うことも“おともだち”の言うことも、ちんぷんかんぷんだったらしい。カルチャー的な不文律も全く知らなかったので、入園当初、教室にあったドレッサーのおもちゃの前で髪の毛を梳かしていたら、女の子に、それは女の子のおもちゃだからどけよ、みたいなことを言われた、と言っていた。おいおいそいつ、番長かよ、と思ったけど、いかんせん私が子供だった時から30年が経っている(「番長かよ」という感想からもお察しである)。カルチャー的不文律も、私が教えたら時代遅れになるんじゃないか、と思ったから、私は「ふうん、そうか」とだけ言った。息子はそんな中に、自分が選んだキティちゃんのお箸セットを持って行った。

入園してから給食が始まり、それから何日かして、息子の担任の先生に呼び止められた。息子さんはキティちゃんのお箸セットを使ってますね、と先生は言った。私は、はあ、息子がこれがいいと選びましたので、と言った。女の子が使うようなお箸セットなので、お友達から何か言われてしまうかもしれません、と先生は言った。はあ、と私は言った。そういうに嵌めようとしてやがるな、と思った。すっとぼけてはいたが、私はほとんど激怒していた。男の子がキティちゃんのお箸セット持っててどこが悪いんだよ。男の子はこうしちゃいけない、女の子はこうしちゃいけない。なんでだよ。でも私は「はあ、そうですか、分かりました」とだけ言った。

私は、息子にきいてみた。キティちゃんのおはしセット、替える?息子は首を横に振った。キティちゃんかわいいから

それから暫くして、息子は自分から「おはしセットを替えて欲しい」と言ってきた。私は「なるほど」と言って、何もついてないお箸セットを買いに行き、息子はそれを持って幼稚園に行くようになった。その後も幼稚園では色々な摩擦があった。“おともだち”に「もう、ようちえんにくるな」と言われて、家で泣いてたこともあった(これは相当息子も嫌だったらしく、11歳になった今でもたまに思い出して言う)。

残念だけど、自分が良いと思ったものを正直に言って、それが《男の子らしくない》とかなんとか、そういうカルチャー的不文律に抵触すると、すっごく嫌な目に遭うことがある。子供はポリティカル・コレクトネスとかおかまいなしだから、そういう“はみ出しもの”をめちゃくちゃいじめる(大人もそうかもしれない)。ひとりひとり違うから、そうなった時の対応もひとりひとり違う。息子は《キティちゃんのおはしセットを諦める》という方法を採り、それ以降、息子は自分の好きなものを“おともだち”の前でそんなに大っぴらにしないように…少なくとも、見せていいものを選んで見せるようになった。だが、息子がそれから園児トレンドのテレビ番組を見るようになった、とかいうことはなかった。相変わらずテレビというデバイスで『ジュラシック・パーク』だの『クローン・ウォーズ』などを観ていた。自分を不文律に寄せていくのではなく、自分であり続けながらもトラブルを最小限の損害で回避する方法を見つけたのだと思う。

きのう、もうすぐ12歳になる息子がふと思い出したように「キティちゃん、かわいいよね」と言った。それを聞いて私は9年前のあの激怒とか葛藤とか、いろんなことをうわーっと思い出し、ちょっと眩暈がするほどだった。ここであの伏線を回収すんのかあ。まるでずっと昔に投げたブーメランが戻ってきて、すっぽり手に収まったみたいな感じだった。キティちゃんかわいいよね。きみは、かわいいと思ったからかわいいと言えるほど、9年で強くなったのか、と思った。

私は「そうだね、かわいいよね」とだけ言った。

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