Takeshi Inoue
blogescala
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Sep 12, 2021

3年前に刊行された『闘争の最小回路』に次いで、廣瀬純が南米のオルタナティブな政治・文化運動について書いた本である。前著が、左傾化する中南米の国々を概観して書かれたのに対して、今回は、アルゼンチンの「運動としての調査」グループ、コレクティブ・シトゥアシオネス(http://www.situaciones.org/)との共著で、アルゼンチンでの新しい政治的な運動に焦点を当てている。

「運動としての調査」とは、聞き慣れない言葉だが、ふつう研究者とは起こった出来事から時間をおいて、それを熟考して記述するとされる。彼らは、そうではなく、起こっている運動そのもののだだ中に身をおいて、それと関わりながら、その運動が何なのかを分析していくことをめざしている。廣瀬さんは、もともと映像論が研究テーマで、イタリアのアウトノミア運動にも詳しく、最近のラテンアメリカの新しい動きについて語ることのできる、この国では数少ない研究者のひとりだ。

内容の中心は、2001年12月19日から20日にかけて、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで起こった「民衆蜂起」とその前後に起こった様々な、オルタナティブな運動について。コレクティブ・シトゥアシオネスのメンバーに、廣瀬さんが質問をして彼らが答えるという形になっている。日本にいて、南米の政治状況を詳しく知るというのは、余程興味を持って情報を得ようとしないとなかなかむつかしいことだと思う。2001年、911のテロの後、騒然となった世の中になった年末に、何度かブエノスアイレスの町に、人が溢れ出して抗議行動をしている映像がニュースで流れたのを覚えている人もいるかも知れない。日本では「民衆が暴徒化して騒いでいる」映像としか見えなかった民衆の行動が、じっさいは、その前と後のアルゼンチンの歴史と社会を画然と分ける分節点であったことを本書は明らかにしていく。戒厳令を発令するデ・ラ・ルア大統領に対し、鍋を叩いて抗議を示すカセロラソをして町へ出、ついには大統領を解任に追い込むのを頂点にした民衆の運動には、それだけではなく、失業者たちが道路を封鎖し流通を遮断することによって失業手当を獲得する「ピケテロ運動」や倒産した工場や企業を従業員が占拠して営業をつづける「回復企業」、もはや議会による代表制を信じない住民自身による集会「アサンブレア」などがあり、その経緯が詳しく語られる。一足先に新自由主義が破綻したアルゼンチンは、今の日本と酷似してているし、この本は、それに対抗する様々な運動のアイデアに満ちている。

『ラティーナ』2009年5月号

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Takeshi Inoue
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障害者自立生活センター勤務。障害者の世界と健常者の世界、スペイン語の世界と日本語の世界の仲介者。現在コスタリカの自立生活センターで働いています。 Un japonés que trabaja en el centro de vida independiente MORPHO en Costa Rica.