2017/04/22 永遠の眠りとはよく言ったものだよ
仕事がないので布団の中でグズグズしていたら、「おじさんが亡くなったって」という一言で起こされた。母親が前日のうちに連絡をくれていたのだが、疲れて早々に寝てしまったため見過ごした挙句、朝になって妻の方へメッセージが届いていたということだった。今日の夜に通夜があり、明日の朝から葬式がある。スケジュールを何度聞いても頭に入ってこないので、そのメッセージを転送してほしいと妻に何度も、少しイライラしながら言っていたように思う。
夕方、喪服に着替え、1時間ほど運転して倉吉の葬祭場へ向かった。
棺の中で横になって目を閉じているおじさんの顔を見た時。
毎年盆正月に親戚達が集まって食事をしていた頃の、宴席の終わり頃に酒に酔ってはそのまま畳に寝ている時の顔を思い出してしまった。いつもニコニコ酒を飲んでいて、でもそんなに強くないのでテレビの駅伝や甲子園を観ながらそのうち姿勢はどんどん横になっていってしまう。
その隣で騒いでいる僕ら子供連中を、いつも優しい目で眺めているようなおじさんだった。
最期も苦しむことなく、眠るように亡くなったらしい。それでも数えで65はやはり早すぎるし、その10日ほどの前に新しい孫がひとり生まれていたのである。きっと最後に新しい命も残して行ったのだ、とおばさんは言っていた。せめてそうであれば良いのにな、と思う。
翌朝も早いので、今夜は鳥取には帰らず三朝の実家に泊まることにした。風呂場で髪を洗おうと湯をかぶったら、その湯が流れた途端に強く焼香の匂いがして少し驚いた。