担保から考えるDeFiと既存金融の違い

KanaGold
BUIDL
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9 min readMar 13, 2019

リーマンショック以降、特に厳格な管理体制が求められるようになったものとして担保管理があります。お金を借りるときに自分の家を担保として入れる、といった、個人と金融機関の間でのやりとりが想像つきやすいですが、ここで例示するのは、金融機関どうしの金融取引契約における担保のお話です。

金融機関どうしの金融取引契約で取引がもっとも活発なものとして、金利スワップというものがあります。契約する2社間で、変動金利と固定金利を半年ごととかに交換するのを10年間続ける、といったタイプの契約で、金利変動リスク(国債とか社債を持っている場合、金利が上昇するとすでに持っている債券の時価評価価値が下落してしまうリスク)をヘッジ(もしくはテイク)するために使われたりします。

むかしはこのタイプの契約は様々な金融機関どうしの間でものすごい数が結ばれていて、A社からの入金をあてにしてB社に支払いをする、B社はそれをあてにしてC社に支払いをする、といった複雑怪奇なお金のリレーが発生し、A社が破綻したときに連鎖的にC社まで破綻してしまう、通称システミックリスクというものが非常に大きかったのです。

リーマンショックでもこの理由から困った金融機関はたくさんいて、その反省を踏まえて、金利スワップみたいにある程度標準化された金融取引については、中央清算義務が課されました。

中央清算義務とは何かというと、A社とB社で金利スワップの契約を結んだら、そのあと必ず清算機関にその取引を持ち込んで、A社と清算機関、清算機関とB社、という二つの契約に分解しなければならないよ、ということです。

A社とB社が生きている限りは、清算機関は右から左に、左から右にお金を渡すだけで常にプラマイゼロなのですが、仮にB社が破綻した場合に、あくまでもA社は清算機関との契約となっているため、B社のことは気にする必要がなく、ちゃんとお金が入ってくることになります。

この清算機関は世界にいくつかあり、日本の場合は日本取引所グループの傘下にある日本証券クリアリング機構(JSCC)がそこにあたります。日本の金利を参照した金利スワップの場合は、基本的にはJSCCに持ち込むことになります。

清算機関の立場に立ってみると基本的には収支がプラマイゼロだけど、ワンちゃんどこかの金融機関が破綻した場合にだけ債権債務が発生して、儲かることもありますがそれはどうでもよくて、万が一の場合でも支払いが行える体制づくりをすることが意義になります。

万が一の支払いをするために、基本的には、各社のとっているリスク量に応じて担保額を決定し、少なくとも毎営業日その担保額を見直して徴求する運用となっています。金利スワップを何万契約もすると、トータルで見たときに、例えば「10年金利が上がると儲かるけど、30年金利が下がると損をする」といった形になり、過去の金利変動から統計的に99%の確率で損失をカバーするためには200億円の担保が必要である、といったふうに算出され、その金額を金融機関は清算機関に預託する必要があります。明日再計算したらトータルで207億円の追加担保が必要と計算されたら、明日は追加で7億円を預託する必要があり、これができなかったら、最悪破綻処理になります。MakerDAOとかCompoundで担保が足りなくなったら強制的にポジションを清算されるのと同じですね。

ただ、ここで重要な点は、金融機関から預かっている担保は、各社のリスク額を99%の確率でカバーする額にすぎないことです。すなわち、1%の確率では清算機関が超過額ぶんについてケツを拭かなくてはいけなくなってしまいます。だからといって99.99%の確率でカバーできる水準となると、担保額が数倍以上(ファットテイルな分布なら100倍とか)に膨れ上がってしまい、相当な量のお金がロックされてしまうので、不便極まりないです。

そこで、清算基金という発想が出てきます。実際に一度に(1週間以内とかに)破綻するのはせいぜい2社くらいなので、リスク量が最大の2社が同時に破綻してさらに0.01%の確率で発生する巨大市場変動が実現してしまったときに、彼ら2社が自分のケツを拭くために預託している担保では足りなくなる金額ぶんを清算基金という名目でみんなで少しずつ出し合うのです。これにより、トータルで預託する担保額を抑えながらも、万が一の場合でも清算機関に事前に集まっているお金で賄える仕組みとなっています。この基金は少なくとも毎週金額と按分比率が見直されるので、自分または大きなリスクの人がポジションを減らせば一部返却されることになります。

まとめると、「自分のケツを拭くための担保と、万が一のときでも、今自分が参加している市場を維持するために少しづつ出し合う基金を用いることで、資金効率よくコストを負担しあう」仕組みということです。

ちなみに、他の人の尻ぬぐいに使われる基金というのは、基本的にみんなマジで払いたがらないし、なにが「公平」なのかは人によって価値観が違って、みんなが納得する按分方式を決めるのはかなり苦労します。ガバナンスの問題はどこの世界もとても大変なのです。

さて、この視点でCompoundを見てみましょう。

Compoundとは、スマートコントラクト上で仮想通貨の貸し借りをできるプラットフォームです。Compoundに対象銘柄(ETHやDaiや一部のERC20など)の仮想通貨を貸し出しておくと金利収入が得られ、逆に金利を支払いつつ担保として対象銘柄のいずれかを一定量以上預託することで、仮想通貨を借りることができる仕組みです。

例えば、「ETHは短期的に価格が下落する!」と考えた人は、Daiを担保として預託してETHを借りてきて、自分の好きな取引所で売却して、下落した後に買いなおせば、差額分から金利を引いただけ儲かることになります。「Bitmexでショートでよくねーか?」と言う人がいるかもしれませんが、ERC20の先物市場だとどうしても流動性が低くなってしまい、ここで借りてきたトークンをBinanceの現物市場で空売りできるのは価値があります。

ここで忘れてはいけないのは、当然担保が必要なことと、強制ロスカットがあるということです。1万ドルぶんのETHを借りるためには、最低でも1.5万ドルぶんの担保を預託する必要があり、すなわち、借りている資産の150%以上の担保が維持できなければ強制ロスカットになります。借りてすぐ強制ロスカットだと悲しいので、例えばこの場合3万ドルぶんのDaiを預託したりしますが、ETHが値上がりして1万ドルだったのが2万ドルを超えると、担保維持率が150%を下回るので強制ロスカットされます。最大でもレバレッジ比率0.66倍でショートポジションをとってる状態なので、すごく資金効率が悪く感じる方もいるかと思いますね。

1万ドルぶんのETHを借りたとき、例えば1ETH=200ドルだとすると50ETH借りている状態になりますが、借りるためには背後に50ETH貸してくれる人がいることになります。貸している人は金利収入に期待していますが、元本が返ってこないのは困るわけで、そこで、借りている人の担保が役に立ちます。コントラクト上に3万ドルぶんのDaiがあるので、1ETH=600ドル以下なら担保を売却してETHに替えれば、50ETHを貸し手に返却することができます。

この例だと、1ETH=400ドルになったらコントラクトが自動で担保を売却してETHに変換して貸し手に返し、残った1万ドルぶんくらいのDaiは、もとの持ち主に返却されるわけですが、ここでポイントとなるのは、この仕組みは、1ETH=400ドルから1ETH=600ドルまでに瞬間的に価格がジャンプする確率は非常に低いことに依拠していることです。

この強制ロスカットが発動した場合には5%ぶんくらいオマケでやられるペナルティがあるために、借り手は自発的に強制ロスカット前にDaiで担保を追加したり、借りているETHを一部返却したりするインセンティブがありますが、価格が急激に600ドル以上に上昇すると、預託されているDai担保ではコントラクトが50ETHを買い戻せなくなって、結果的にETHを貸していた人が資産を棄損することになります。

それを含めてのサービス設計だと言ってしまえばそれまでですが、貸し倒れリスクというのは、普通のサービスユーザーがとるタイプのリスクではないため、400ドルから600ドルまで50%アップの変動が発生する確率がいかに低いといえども、まじめに対処法を考えるべきものになります。

ここで、じゃあ100%変動にまで耐えるようにするか、というと、レバレッジ比率があまりにも低くなって使い勝手が悪すぎるので、上述の清算基金のようなアプローチが必要になります。

実際、Compoundは興味深いアプローチをとっていて、借り手が支払った金利をそのまま貸し手に全部渡すのではなく、10–15%をSponsor Equityという名目で基金としてプールしていき、今後万が一貸し倒れが発生したとしても、それを財源として賄う、という仕組みになっています。このSponsor Equityはユーザーの利用とともに累積されていき、将来Compoundが巨大なサービスとなったときに異常な価格変動が発生しても、そのころにはSponsor Equityの量も相当なものになっているはずなので、貸し倒れが大規模に発生しても賄えるであろう、という考え方かと推察されます。

まとめると、「自分のケツを拭くための担保と、万が一のときでも、将来拡大した市場を維持するために少しづつ出し合う基金を用いることで、資金効率よく、未来のユーザーたちのネットワークを維持するためのコストを今の参加者が負担する」という構造になっていることがわかります。

このように、担保の切り口で見てみると、既存金融ではネットワークを維持するためのコストの負担者とリターンの享受者が一致しているけれども、DeFi(今回の例としてはCompoundだが)の場合はそこが大きく乖離していることがわかります。

現状DeFiは技術的に関心のある人たちが使っている状況ですが、コストリターンにシビアな金融市場の一つになるためには、解決せねばならないポイントとなるかもしれません。

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KanaGold
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Enigma公式日本admin & ビットコイナー反省会レギュラー。元JPX & bitFlyer