結局、楽しいかどうかで決まるんじゃないのか?

人間のあらゆるパフォーマンスを左右するものについて

今日、こういう記事を読んで、あらまぁと思ったので、ツラツラと書いてみる。

元ネタはこちら、BBC。

天下のBBCがねぇ…と思わずため息の漏れる、なんともお粗末な内容だ。

結論から言うと、仕事する場所がオープンであろうがクローズドであろうが、必要なときに必要な環境を、つまり居心地のイイ方を自分で自由に選べばいい。ピリオド。

※注:Gigazineの記事執筆者の方も同様の意見を最後のところで述べておられる。

会社が社員を管理するためにオフィスに押し込めて効果を上げるというのは20世紀までの話だし、そのことが彼らのパフォーマンスを最大化することとは、いまとなってはあんまり関係はないと思う。そもそも、そこからして古い。

ひとつの場所をある特定のカタチにすることにこだわるからこういう話になるのであって、どこででも仕事できるルールを作ってあげればよかったんじゃないかと。

「社員同士のつながりをより強固にし、お互いの関わり合いを強めたい」という考えは、それはそれで美しい。けれども、だからといって必ずしもオープンスペースがその目的に適うとは限らない。ときには効果的だが、そうでない場合も当然ながらあるわけで。

それは、場所の方ではなくて、人間の方に原因がある。人間は、(ほかの生物と同様に)時と場合とに応じて今いる環境を変えたがる生き物だ。だいたい、オフィスという発想も人類の歴史で言えば、つい最近のことだ。

そして、選択できることを望むのが人間の本能だ。その本能をくすぐったほうがカシコイ。

人間同士のつながり方を言うなら、それを特定の場所に求めるのではなく、その人の行動規範に広がりをもたせるほうが、つまり選択肢を与えるほうが、この社長さんの目的を果たす最良の方法じゃないかと思う。パフォーマンスを上げることよりもどうしても目の届く範囲内で人を管理したい、というのが目的でなければだけど。

集中してタスクをこなしたいときにはあそこで、誰かと話しながらイメージを膨らませたいときにはこちらで、というように目的と、それと気分に合わせて適宜移動すればいい。

そうすると、そこに信頼があるかないか、という話にもなるが、それはまたの機会に。

ぼくはコワーキングというスキームの信奉者であって、誰でもが利用できるドロップインがあることがコワーキングの原則だと思っているし、それにはオープンスペースがうってつけだとも考えている側のひとりだが、そうかと言って、常時、そのルールに人をはめ込もうとしても、どだい無理があると承知している。

要は使い分けができる、選択肢がひとつ増えた、ただそれだけのことであって、コワーキングがオールマイティとは毫も考えてはいない。

昨今、「移働」と称して、移動しながら自分の働く環境をいくつも作っていく、ということを提唱しているが、それも、ひとところに自分を押し込めないで、かつ、自分コミュニティを行った先で広げていくことが、多くの可能性を生むし、またお互いに助け合える最良の仕組みだと考えているからだ。

そこで、ひとつ言えることがある。それは、

楽しいと思っている人はどこででも仕事ができる

ということだ。

騒音が集中力を削ぐとか、一か所にとどまっている時ほど多くの記憶を保つことができるとか、そんなことは心理学者に言われなくても子供でも体感して知っている。

しかし、長く生きてきて、ついでに共用ワークスペースもやってきて、その経験則として言えるのは、どんなにざわついている環境にあっても集中できる人は集中できる、ということだ。

そして、それはやらされ感でぐんにゃり萎えている人には、残念だがどうやらできそうにない。ではなくて、それが楽しくて仕方がないという人には、できる。

つまり、人間は楽しいことならどんなところでも、それをやってしまえる。

子供にプログラミングを教えるカツドウが世界中のそこかしこで行われている。そこに参加する子供たちは、自分が書いたプログラムで画面上のキャラクターや、あるいは3次元のロボットが動くことに一喜一憂する、夢中になる。

あれと同じ。あの「楽しい!」と感じる感情が、好奇心を沸き立たせ、探究心を刺激し、他者との協働にも積極的になり、より前へと進む。その成果が自分を楽しませてくれるからだ。

「まさか、それと一緒にすんの?仕事でっせ?」と思うかもしれない。では訊くが、なぜ、仕事が楽しくてはいけない?むしろ、楽しい方がより多くのパフォーマンスを発揮するのは判ってる。ぼくらのDNAにはそういう回路が埋め込まれている。

それには、楽しい仕事を見つけることが望ましい。また、仕事を人から与えられてるばかりではいけない。自分で作っていく、自分で楽しいと思える仕事を作る、そういう発想が必要だ。こんなこと、ぼくも若い頃にはまったく思いつかなかったけれど。

オーギュスタン氏はこの状況について「確かに人々は会話を多く交わすようになりますが、仕事に関連する会話はさほど多くありません」と語っています。

まさか。そんなことはありませんよ。どこ見てそう言ってるのかな。

仮にそうだとしよう、でもそれは、仕事が楽しくないからじゃないのかな?…と書いてきて、いまごろ気づいた。ああ、これは会社の中の話だったんだ。そうすると、まあ、そうかもしれない…のか。

人間は楽しいものを欲している。そして、すべての人間の営為はそれ次第でうまくいったりいかなかったりする。楽しいコトをうんと楽しもう。すると、きっといい結果を生む。

しかし、この会社、

オープンオフィスを導入した3年後、床面積930平方メートル(約280坪)という広大なオフィスに移転したのですが、その際には全ての従業員に個室が与えられるクローズドスタイルのオフィスを選択した

て、まだ懲りずにオフィスにこだわるって、いささか時代に逆行している気がするけれど、それはぼくだけでしょうか?

ということで、最後までお読みいただき有難うございます。このブログは、ブログジェリーVol.67で書きました。

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