at 長野県佐久市滑津駅

非リトルトーキョーのすすめ

地方は「人」を磨いて「ならでは」でいこう

過去最長の8日間のコワーキングツアーは、数々の出会いと体験、知見の共有と新たな発見で、得るもの大であったが、帰ってきてからアレコレ片付けることが満載なので、今日のブログジェリーはさっと湯通しするぐらいのライトなもので失礼したい。と聞いて、ホッとした方もおられるであろう。

3月から始めた各地のコワーキングスペースを訪ねて回るコワーキングツアーだが、ここで半年を経た。そろそろ報告会でも、という声も聞こえるがそれはそれとして、地方を回って少し気づいたことを書いておく。

それは、地方都市における東京、だ。あらためて。

地方では、ややもすると情報発信力の強い東京を向いてモノを観て考えがちだ。東京のスタイル、思考法、方法論、用語に至るまで、まあ要するにミヤコの流行りものをそのまんま後追いすることが成果を上げる最短距離に思える。判らないでもない。

だが、その多くが単なる記号であり、コトバであり、二次情報であり、見栄えは立派でも、実際のところはどこか虚ろだ。判った気がする、というアレ。

ちなみに、このことは東京からの距離が近いとそうなりやすい。地理という極めてアナログなものがいまだに人のマインドに大きく影を落とすことに、いささか驚きもするが、紛れもない事実だ。(その証拠に福岡は東京なんか全然見ていない、アジアを見ている)

しかし一方で、その地方にあるリソースをうまく活用して、その地方ならではの強みに仕立てあげようとするシタタカさも、地方にはある。地元の持つ可能性を決して悲観していない。

ぼくは、それこそがこれから地方が盛り上がっていく最善かつ最強の選択肢だと思っている。

東京にはなんでもあり、地方にはないものが多い。その最大のないもの、それは「人」だ。

けれども、「人」は磨くことができるリソースだ。地方でもできることであり、というか必ず磨くべきであり、その地方だからこその磨き方があるはずだ。

今回、長野を8日間かけてあちこち訪ねて回って、あらためてそのことに思い至った。というのは、そのことを明確に認識し、そう口にし、そのための方策を練り、着々と実践している人たちがいたからだ。

そのスピードはそう速くないかもしれない。東京は何でも速い。だからといって、拙速にハヤるのは禁物だ。東京はすぐに「次」がやってくるが地方ではそうはいかない。じっくり取り組むほうが得策だ。

東京は東京だけでいい。東京も日本の地方都市のひとつであって、お互いを補完し合うひとつの対象として、地方は東京とつながるだけでいい。東京になる必要はどこにもない。

だから、地方は「その地方ならでは」の存在でなければならない。地方がするべきことは、東京の真似をしてリトルトーキョーになることではないのだ。むしろ逆で、非リトルトーキョーでなければならない。

蛇足だが、地方行政にもこの見識が欠かせない。クローンになってドーする。

それぞれがリソースを活かし合うパートナーとして、地方都市はつながるべきで、そこを推進する意味で、地方のコワーキングがつながることは大切なプロセスだと考えている。

地方のコワーキングが連携し、(コ)ワーカーの流動性を促進すれば、働き方どころか生き方も大きく変わる。そうすれば、社会も変わる。コワーキングツアーは、ぼくらが媒体となってそのきっかけを作るためにやっている。汗かきかき、あっちへこっちへ。

ちなみに、今取り組んでいるあるシステムが始動すれば、より身近に各地のスペース間をつなぐことができるようになる。秋には発表できればと思っている。ああ、いま言いたい。でも言えない。

ところで、長野は日差しは厳しかったが湿度が低くて実に快適だった。それに引き換え、帰ってきて神戸のジットリしてること、これ何?これは明らかにハンデである。

なお、長野のツアー番外編は長編になること必至なので落ち着いてからゆっくり書きたい。

ということで、終わります。ホッ。今日も最後までお読みいただき有難うございました。

Show your support

Clapping shows how much you appreciated ito tomio’s story.