なぜネーミングが「切腹最中」? 名づけ親の新正堂3代目渡辺さんに聞く、新橋で愛され続ける和菓子のこだわり。

こんにちは、CAKE.TOKYOチームの宮地です。

大正元年(1912)に新橋で創業し、今年で104年目を迎える老舗和菓子屋「新正堂」で、現在3代目としてお店を切り盛りされている渡辺仁久(わたなべよしひさ)さんに、お話を伺ってきました。

最初は誰もが大反対だった「切腹最中」という名前の商品が、今では新橋の名物お菓子として多くのお客さまに愛され続けています。

そんな「切腹最中」の誕生ストーリーと、その最中へのこだわりをお聞きしました。


新橋で愛され続ける老舗和菓子屋「新正堂」

—— まずは、新正堂の歴史についてお伺いできますか?

渡辺さん:はい。新正堂は、大正元年(1912)に新橋で創業いたしました。「新正堂」というお店の由来は、新橋の「新」と創業した大正の「正」を組み合わせたところからきています。

創業当時から新橋という場所でお店を構えているのですが、実は、今日までに2回場所を移動していまして。1回目は関東大震災で燃えてしまい、2回目は空襲で燃えて。そして、3回目が今のこのお店です。これまでいろいろありましたが、なんとか今日までやってこれまして、今年で3代目の私で104年目になります。

—— 1世紀も! 2回も立て直しをしてもなお新橋でずっと営業されているのには、何か理由があるのですか?

渡辺さん:そうですね。私のお祖父さんが岩手県の出身で、その当時の話によると、「一旗あげよう」と思い、大阪にあるお菓子屋で修行をして、それでやはり「やるのなら江戸だろう」ということで、東京へ移ったらしいです。そして、東京で最初にお店を構えたのが「新橋」という場所だったそうです。


大反対商品が、あれよという間に新橋の名物土産に

—— 新正堂と言えば、お店ののれんにも掲げている通り看板商品「切腹最中」がとても有名ですが、最初に名前を聞いたとき、ネーミングがとてもユニークだなと思ったのですが、本題である「切腹最中」はどんなふうにつくられたんですか?

渡邊さん:この「切腹最中」という商品は、私の代になってからつくった商品です。ある日、親父の具合が悪くなりまして、2年半後に亡くなってしまったんです。その後に、何か自分のお菓子をつくらなければいけないという危機感を持ちまして。

そのときふと、よくいらっしゃるお客さんが「新正堂さんの大福は美味しいけど、日持ちがしないから日持ちがするものをつくってよ」と言われていたことを思い出して。日持ちがするお菓子…ということで、「最中」で何か新しいものをつくろうと考えました。

そして売り出すときのネーミング考えていときに、そういえばこのお店は『浅野内匠頭』が切腹した場所だよな…と思い出して、パッと思い付いた名前が「切腹最中」だったんです。ですが、この名前はさすがにダメだなと思いましたね。

—— それは、縁起が悪いということですか?

渡辺さん:もちろん!(笑) 他にも、「義士最中」や「忠臣蔵最中」などいろいろと書き出して、その中でも「春の名残最中」ってかっこいいなと思ったんですが、最初に思いついた「切腹最中」が、ずっと心にひっかかっていたんです。なので、母と女房にその名前で売り出すと言ったら、2人とも大反対で…。

—— 確かに(笑)。

渡辺さん : 2人とも「うちはお菓子屋だ」と。「お祝いやお見舞いなどにもってこいなんだから、誰がこんな名前のお菓子を買ってくれるの?」って。売れるわけがないと、散々に言われました(笑)。

常連さんの中に、ある銀行の支店長がいらっしゃったので、ある日、その支店長に「切腹最中」というネーミングについてアンケートを取ってほしいとお願いしたんですが、結果は、118/119が反対でした。

それでも、どうしても「切腹最中」という名前が気に入ってしまい、私の母が「そこまで言うのなら出したら?」と言ってくれたので、実際に発売することにしたのです。

—— あれほど反対があった商品が、どうやって人気商品になったんですか?

渡辺さん : ある日、日興証券の支店長さんがお店に来まして、「うちの若い者が、仕事で2000万の穴を開けちゃってさ。今から謝りに行くんだよ」とおっしゃったんです。

そのときに、私が「『自分の腹は切れませんが、代わりにこちらのお菓子が腹を切っております』って言ったらどうですか?」と、ただのシャレのつもりで言ったんです。

—— すごいシャレですね(笑)。

渡辺さん : でもこれは、下手したら火に油を注ぐようなものなので、俺は責任取れないから止めておいた方がいいよと言ったんです。でもその支店長は悩んだ挙句、”お詫びの品”として「切腹最中」を買っていかれたんですよ。

そしたら、一週間後にまたその支店長がお店に来られて、お客さんが笑って許してくれたと嬉しそうに話してくださいました。

そして、この話が日本経済新聞の記事に載りまして、”お詫びの品”として評判になり、ありがたいことにフリーペーパー『R25』の「お詫びの品」の1位にも選ばれ、その後、ANAやJAL、全国の百貨店からも声をかけていただき、「新橋の名物お菓子」としてお声がけいただくようになりました。

—— ちなみに、現在は1日にどれくらい生産されるのですか?

渡辺さん : 普段は約4,000個くらいですが、年の暮れになると約7,000個を超えます。普通、和菓子屋は夏の時期になると暇になるんですけど、新正堂は全く暇にはならないですね。

11月、12月なんかは、寒いにもかかわらずお店の外まで行列ができますよ。売れるのは本当にありがたいのですが、もう倒れるかと思いますね(笑)。


美味しさの秘密は、食べた後にふわっと香るあんこの匂い

—— 切腹最中の、こだわりについて教えていただけますか?

渡辺さん : 「あんこ」と「最中」ですね。切腹最中に使っているあんこはもちろん、私たちはあんこを包む最中にまでこだわっています。

横から見た切腹最中。あんこが最中からはみ出しています。

まずは「あんこ」。私の代までは、2,3回煮込んでアクをしっかり取ってからつくっていたのですが、それでは小豆の旨味を捨てていてもったいないと思いましたので、一般的ではないやり方で、1回だけ煮込んでアクをあえて残した状態の小豆を使ってあんこをつくっております。そうすることで、少しクセはありますが、食べた後にふわっと香るあんこの匂いを感じてもらえると思います。

そして「最中」。私自身、上顎にくっつくような“もそっとした”最中が大嫌いで。ずっとくっつかないような“サクサクとした”最中をつくろうと思いまして、いろいろな人に聞いたり試行錯誤を重ねて、今のようなサクサクで上顎にくっつかないような最中ができました。

—— 確かに頂いたとき、とてもサクサクで今まで食べたことのないような最中でびっくりしました。

渡辺さん : そうですね。原材料のお米も良いものを使って、“サクサク”にするために水分量を減らして焼き上げております。あんこにこだわる和菓子屋は多いと思いますが、最中にまでこだわってつくる和菓子屋は少ないと思いますね。

—— 今は新橋に1店舗のみですが、今後の予定として、2店舗目を出店する予定はありますか?

渡辺さん : 今で十分だと思っているので、店舗を増やす予定はないですね。ただ、今は、生産余力が少ないので、ご縁があって店舗の裏の土地をいただけまして、今年から工場を建てる予定です。

—— 切腹最中をもっと多くの人が食べられるようになるんですね!すごく楽しみです!僕も知り合いに渡したくなりました。渡辺さん、ありがとうございました!

最後に、お土産で購入した『営業セット』(「切腹最中」と「景気上昇最中」がセットになったもの)を一緒に実際に食べてみました。

景気上昇最中は、縁起の良い小判型をした最中。中身はこしあんで、「黒字」にちなんで隠し味に「黒糖」が入っています。黒糖が入っていることで、こしあんの甘さがさらに引き立ちます。

また、最中は「さいちゅう」とも読むので、景気上昇最中(けいきじょうしょうさいちゅう)という意味もかけているのだそう!

切腹最中よりも最中の厚さは薄め。ただ、普段スーパーなどでよく食べる最中のような“もそもそ感”はなく、あんこと最中のバランスがとてもまろやかで、とっても食べやすいです。

お詫びの品としてだけでなく、誰かのお土産としても満足いただけるはず。ぜひ食べてみてください!