「新しい働き方」という言葉の胡散臭さはどこから来る?

働き方改革は大事だが…

就職活動のカタチが変わっているとは言いますが、この記事で書かれているような傾向の変化の類は表面的なもので、働き方改革とは程遠い話ではあります。

今の就職活動が抱えている一番の問題は雇用機会の公平性や職の偏りではなく、若者の働くことに対するモチベーションの低さです。

働くことは生きるためのコストであり、辛いことである。そんな空気が学生の間では蔓延しており、可能ならいつまでも学生でいたい、あるいは少しでもラクに腰を落ち着けられる職場に養ってほしいというのが今の若者の本音なのです。

まぁこれは若者に限らず大人も含めた一般人の本音なのでしょうが、そのことが常識として取り扱われていることがそもそもの問題です。

働き方改革や働き方の多様化を盛り上げる前にやらなければならないのは、働くことに対する意識の改革なのです。

働き方改革は詐欺ではないが…

残念なことにこの意識改革に成功している人は、自分の啓蒙はできても、他人を啓蒙するのが下手な人が多すぎる(目立ちすぎている)という課題を日本では抱えています。

人と違うことで成功することはできても、一人でも多くの人にそのことを知ってもらえるようなアクションは起こせない(あるいは起こさない)。

そんな不器用なインフルエンサーたちのせいで、「新しい働き方」という言葉が胡散臭さを帯びていることに、彼らはもう少し気を使うべきでしょう。

新しい働き方を提唱している人は自分の仕事紹介ではなく、そもそも働くとは何かをきちんと世間に啓蒙するタスクを負うべきです。

そうでなければ世間からはいつまでも「ラクして生きてる奴ら」程度の扱いを受け続けますし、周りに寄ってたかって来る人も「ラクして儲けてやろう」なんて胡散臭い考えをしているロクでもない人ばかりです。

古い人間vs新しい人間なんて対立構造の中で無益な応酬を繰り広げるくらいなら、そして本気で1人でも多くの人に幸せに暮らしてほしいと願うなら、炎上芸にこだわらず、もう少し人として真摯な啓蒙に励むべきでしょう。


他人につれない態度を取ってしまうから新しい働き方を開拓できた、ということもあるかもしれませんが、それはマスで構成される社会に大きく影響を与える立場になった人間としては不適切な態度です。

どれだけフォロワーを集めていても、故意に他人を不快な思いにさせる言動を擁護するロジックはありません。

それを良しとしてしまえば、働き方の多様化どころか声の大きなアジテーターが跋扈する、弱肉強食の時代を認めてしまうことになるからです。

まぁホリエモンほど裏表もなく、社会の下から上までを体験している人であればつれない物言いも許されるかもしれませんが、果たしてそれほどの人生を、すべてのインフルエンサーが歩んできたかは疑問の残るところです。

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