Activity is Not necessarily an accomplishment

Activity in not necessarily an accomplishment.
どんなにコミット・行動したからといって、成果には繋がらない。

最近、この言葉が重く自分にのしかかっている。
いかに生産性を上げられるか。いかにスマートに物事を進めていくか。スタートアップでは、これができないと命取りである。

人は、何かを続けていると、どうしても堕落してしまう瞬間がある。そんな状況自体にすら気づけない時もある。常に意識していないからである。

http://www.thebridgemaker.com/effortless-talent-and-why-people-succeed/

私は、後悔していることがある。幼少期の15年もの学生にとっては長い月日とも言える時間をサッカーに尽くしてきた。振り返ってみると、それらの日々は「サッカーで大会で優勝すること」「プロになること」という成果を求めてサッカーをやっていたものの、「サッカーを練習すること」という要素も時に目的化されてしまっている時があった。それも、結構な割合で。これはまさに”Activity is not necessarily an accomplishment”の象徴。練習をするために練習はしない。なぜ練習をするのか。それは成果を出すことである。

何かのActivityを行うならば、常に成果に強く紐付いてなければならない。
成果を出すために練習が必要になる。良い成果を出すには、どんな練習が必要なのか。そのためにどんな工夫を施せば良いのか。と考えるロジックが普通であり、あるべき姿である。しかし、当時の自分は常に成果を強く意識して練習に取り組めていなかった。だから悔やむ思いもある。その経験を経ても今もなお、全てにおいて、成果を意識したアクションを実行できていない。

スタートアップの話に戻すと、成果を達成するために、最短距離で進むためにはどうするべきなのか、自分の立ち位置を見失わぬよう必死にしがみついているつもりだ。でも、どんなに最短距離を目指そうとしても、なかなか上手くいかない。どうしても目の前のことに一生懸命になってしまうと、一番欲しい成果からずれた議論、ずれた行動になってしまう。よって、物事が前に進んではいかない。全体を常に俯瞰して見ることができない。そして、俯瞰できたつもりでもできていない。そして、上手くやり抜くための方法のストックが少ないと感じる。だから困ってしまう、迷ってしまう。

気持ちは200%前に進みたい強い思いはあるが、頭と経験がついていかない。そして、これは言い訳に過ぎなく、スタートアップの世界では成果を示せなければ捨てられる。世界にはたくさんの優秀な人がいて、毎日毎日、事業の成長のため、そして個人の成長のため、精を出している。世界一を取るために必死だ。

少しでも前に進むためには、先人たちのやり方をインプットし、上手く応用しながら、良質なアウトプットを求めていかなければならない。そして、常に成果を出すための、本質を見抜かなければならない。良質なアウトプットと言えるのはすなわち、「成果が上がる」ことを指す。つまり、時間単位でどれほどの数字を残せたのかである。

時間と数字。この2つの変数によって、成功なのか、失敗なのかを定義し、個人の価値・企業の価値へとつながっていく。

今の自分にできることは2つ。
1つは、現状の生産性よりもっといい方法があると探し続け、常に向上心を持ち続けること。そして、もう一つは、一つ一つの作業の「時間」とそのアクションに対する「価値」を常に記録することである。当たり前のようであるが、これを地道に続けることによって、日進月歩で成長していくだろう。まだまだ未熟であり、日々の自分の実力のなさに悔しさと、無力さを実感する毎日ではあるが、高い志だけは持ち続けて圧倒的な成果を出していきたい。

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