ブロックチェーンが再定義する政府の役割

Kazuki Jinnouchi
Code for Japan
Published in
11 min readMar 29, 2018

3/27にGovernment Blockchain Associationさん主催の「日本のデジタルガバメントとブロックチェーンの活用可能性」というイベントに参加してきました。スウェーデンの不動産登記のプロジェクトにおけるブロックチェーンの活用など興味深い内容でしたので、イベントレポートと私見を少し書いてみました。

最初に断っておくと、デジタルガバメントについては多少は分かっているつもりですが、ブロックチェーンについては理解できていないことも多く、最新の技術動向などは分かりません。出来る限り発表資料に基づいてレポートしていますが、誤りなどありましたら、ご指摘いただけると有り難いです。

最初に、経済産業省商務情報政策局情報プロジェクト室の吉田さんから「経済産業省のデジタルガバメントの取組とパブリックセクターにおけるブロックチェーンの活用の可能性について」というタイトルでお話いただきました。

日本のデジタルガバメントの課題とこれから

現在、国と民間事業者の間での行政手続は年間4.6億件、個人を含めると13.6億件になります。大量の書類、複雑な手続き、長い待ち時間が国民や事業者の負担となっており、デジタル化による解決が望まれます。

それに対して、国としては、
・行政自身の効率化(バックオフィスのデジタル化、オンライン申請、EBPMなど)
・民間における生産性向上(手続きの簡素化・デジタル化による事業者負担の軽減、オープンデータの推進)
・新たな技術・手法の先導的導入(クラウド、アジャイル開発によるデジタル化の推進)
という施策を推進しようとしています。

これまでのデジタル化は紙をPDFにしているだけで、本当のデジタル化ではありませんでした。電子認証や(紙ではなく)データとしての入力、データの蓄積、データの省庁間での共有、データによるパーソナライズ、データのオープン化を通して、本当のデジタル化を推進していきたいと考えているそうです。

シンガポールやエストニアの事例を出しながら、デジタルガバメントの推進に向けたポイントとして、
・データの標準化
・政府システムにおけるクラウドサービスの活用
・アジャイル開発の導入
を挙げました。

政府全体としてもデジタルガバメントの実現に関する機運が高まっていて、2018年1月にはデジタルガバメント実行計画が策定されました。
デジタルガバメント実行計画には、100%オンライン化と100%オープンデータ化の2つの軸があります。100%オンライン化は、デジタルファースト一括法案(添付書類廃止・押印見直し・対面見直し・印紙見直し)やワンスオンリー(住民票の提出不要化など政府内でのデータ共有)、ワンストップ(引っ越しや法人設立などのワンストップ化)を推進していく計画です。100%オープンデータ化は、オープンデータ・バイ・デザインにするとともに、語彙・コードの標準化や法人デジタルプラットフォームなどデータ標準化を推進することで実現していきます。

デジタルガバメント実行計画より

政府によるブロックチェーン活用の事例紹介

日本ではまだ政府によるブロックチェーン活用はされていませんが、海外では政府によるブロックチェーン活用の事例が出ており、スウェーデンの土地登記局の事例を中心に紹介していただきました。なお、以下のような記事もありました。

スウェーデンの土地登記局でも、もともとは不動産情報は紙で管理されていました。不動産の登記情報と不動産事業者などの情報を紐付け、すべての関係者がオンライン上で同じ情報を見ることができるワンストップのオンラインサービスをつくることになりました。そして、不動産事業者や銀行などのステークホルダーを巻き込んだブロックチェーン・プラットフォームをつくるプロジェクトがはじまりました。
契約手続き段階と登記段階でデータが連動するような仕組みをスマートコントラクトで実現し、ブロックチェーンが登記の非改ざん性を担保しているそうです。

吉田さんの発表資料から

プロジェクトは大きく3段階に別れています。現在は第3段階の実現に向けたテストをおこなっています。

第1段階
・ブロックチェーンがどのように不動産取引の手続きを改善するかのスタディ
・基本的な機能と技術及びなぜそれらが未来にとって意義深いのかのスタディ
・モバイルアプリケーションのPoC実証を実施

第2段階
・ブロックチェーンとスマートコントラクトのエンジンを使った技術的に機能する環境を開発
・プロセスの見直しと抵当権の取扱に関する調査
・外部の専門家とのディスカッションを通じた現状のプロトタイプの潜在的な弱さ、セキュリティ上の問題、法的問題、システム統合の課題の理解
※プロジェクトのドキュメンテーションとステークホルダーの巻き込みを実施

第3段階:実現に向けたテスト
・世界初のすべてデジタルでの不動産取引を実現し、すべての関係者が不動産売買契約及び抵当権の設定における技術と合意を取り付ける
・すべての参加者が独立で手続きを実施できるブロックチェーン・ソリューションを実施
・買い手や売り手といった専門性のないユーザーでも使いやすいインタフェースを開発
・スウェーデン全体、更には世界で活用可能なシステムとするためのガバナンスに関するフレームワークを構築
・約束手形などの新しい分野も含むさらなる手続きの改善

一方で、プロジェクトにはいくつかの課題があります。
・関係機関(銀行など)が接続しやすくするためのAPIの整備
・より使いやすくするためのユーザーインターフェースの改善
・国内でデジタルサインでの個人認証手段が法律上認められていない
・システムが出来た際、誰がシステムを運用するのか、費用負担をどうするのか
・スウェーデン国内に拡大していく上でのプロセス、海外輸出をどのようにおこなうのか

そして、スウェーデンでの事例を踏まえて、ブロックチェーンのシステムを行政で活用するために3つのポイントと3つの課題を挙げました。

3つのポイント
・複数のステークホルダーで共通のデータを安全に共有したい場合にはブロックチェーンが有効
・定式化した手続きであればスマートコントラクトにより手続自体を自動化することが可能
・プロジェクトはスモールスタートで進め、課題を洗い出しながらステークホルダーを巻き込んで、合意を得ながら進めることにより、手戻りを防ぐことができる

3つの課題
・ステークホルダーが使いやすいユーザーインターフェースの開発やAPIの整備も並行して考えていく必要がある
・手続きの簡素化やデジタル化に合わせた法的課題の解決が必要
・ステークホルダーで共同開発した場合のシステムの運用、費用負担に関する整理が必要

各国のPoC(吉田さんのスライドから)

質疑応答

続いておこなわれた質疑応答や参加者からの感想の中で、印象に残ったものを挙げていきます。なお、一部の回答は参加者からされています。

・システムの運用費についてどう考えているのか?
→行政が税で負担するという形もある

・他国と互換性のあるシステムを使うことは考えているのか?
→経産省としては今のところは特にない。国連はブロックチェーンで難民にIDを付与という動きがある。ただ、費用負担などの課題もある。

・日本で政府で適用していく時に政府としてどこがまとめていくのか
→自治体の実証は総務省、IT戦略本部でブロックチェーン勉強会など、それぞれの省庁で模索している。ブロックチェーンが確立された技術になれば、それぞれの省庁でやるのではないか。法務省がやっていることは実用性という面では利用価値がある。経産省は貿易などで適用していく可能性があると考えている。

・ブロックチェーンを考える時、サービサーからの要求をまとめないといけなないが、政府として機能をまとめるのはどこか?国はどこに持っていくのか?
→現時点では特に決まっていない。もし、政府でブロックチェーンでシステムをつくる場合は、政府調達で事業者選定をおこなうことになる。行政がでやるにはブロックチェーンなどのテクノロジーがわかっている人が政府の中にいる必要がある。その人を中心に要件をまとめて事業者選定をすることになる。

・不動産登記などのシステムをつくるのに、ブロックチェーンを使う必要はあるのか?
→ブロックチェーンを使わなくても同じようなものはできる。ただ、ブロックチェーンには暗号化による非改ざん性の担保とスマートコントラクトによる自動化、分散化によるデータの保存というメリットがある。

・ブロックチェーンがホットになりそうな分野は何か?
→公開するデータを改竄性がないと見せるかが重要。土地や法人の登記情報やサプライチェーン、食の安全などに可能性がある。また、健康情報など本人自身がコントロールすべき分野での活用可能性がある。

・エストニアでブロックチェーンの活用について質問した時に言われたのが、「ブロックチェーンという技術ありきではない。課題に対してブロックチェーンで解決できるか?という問いが重要」ということだった

デジタルガバメントとブロックチェーンのこれから

今回のイベントで考えたことは2つです。

1つ目は、デジタルガバメントの課題は何年も変わっていない、解決されていないことの再認識です。
行政の民間人採用(内製化)やアジャイル開発の導入、調達改革、法制度の整備、データ標準化、データ利活用、行政と民間のコミュニケーションの重要性など、このイベントで語られたことの多くはCode for Japanとしても取り組んで来たことばかりでした。もちろん、少しは進展があったわけですが、まだまだ影響力が小さいというのも事実です。

2つ目は、政府がブロックチェーンを用いたシステムをつくることは現時点ではあまり実効性がないということです。ただし、一方でブロックチェーンは政府の役割を再定義するという意味で重要になってくると思います。
スウェーデンの事例などを踏まえても、政府のシステムで、従来のテクノロジーではなく、ブロックチェーンを使うメリットはほとんど感じません。一方で、費用負担やブロックチェーンの技術のサイクルが早いことなどデメリットやリスクは多くあります。何よりも「分散化」というブロックチェーンの思想が旧来の中央集権を前提とした政府という組織と相性が悪いと思います。(国連機関などでの活用はあると思います)
ただし、ブロックチェーンが政府に関係ないということではありません。これまで政府がプラットフォームとして担ってきた役割がブロックチェーンによって、ステークホルダーの1つになると考えています。
そのためには、オープンガバナンスに向けた取り組みを進めていくのが一番の近道かなと思います。

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