The things I learn from the slum

生きるとは?幸せとは?

Words & Photography by Etsuko Makino.

2016年6月フィリピンのスラム街へ行った。
ここスモーキーマウンテンとトンドは東南アジア最大のスラム街として知られている。これまでスラムに関して簡単な印象はあったものの、その詳細や生活は到底想像できるものではなかった。

貧しい人の集まるスラムに、物資が確保でき生命の営みが確保されている普通な生活や、まして笑顔なんてものは到底想像出来なかった。

未だ踏み入ったことの無い地への不安を覚えつつ、バスにのった。

近付くにつれ、明らかに変わっていく建物や雰囲気。
まるでフィルターがかかったかの様に、辺りの景色はどんどん変化し独特な香りまでも漂い始めていた。

到着してまず目の当たりにしたのは、その夥しい程のゴミ山。

そしてそれらを素手で探る人や、ゴミの中に見える家らしき建物。

初めは変な感覚だった。「あぁやっぱり」と、正直思わなくはなかった。きっと、自分の想像を”まだ”超えていない光景である事に、少なからず安堵の意を感じていたのかもしれない。しかしその直後、私のその安易な勘違いは間違いだであった事に気付かされる。

目を背けたくなる光景だが、よくよく人々の様子を見てみるとどうだろうか。そこには、「かわいそう」という言葉が全くもって当てはまらない。

そこにあったのは、衛生環境や物資等は全く違えど、なんら変わらない日常とエネルギーに満ち溢れた人達だった。

正直受け入れたくなかった。

なぜか、人生のモノサシを問われているような感覚だった。不自由な生活を送っている中でも生き生きとしているスラムの人達、それに比べて物や情報に溢れながらも日々死んだような目で生活する日本人。どちらが本当の幸せを理解し・感じながら生きているだろうか。

お世辞にも住んでみたいとは言えない環境の中にある確かな日常が、
私に大きな衝撃を与えた。

「生きる」とは、
「幸せ」とは、

この経験は、そんな事をもう一度考えさせられるキッカケとなった。

発展途上国やここスラムでは十分な生活環境がないにも関わらず子供が多く、家族構成が大きい印象がある。それと比較し、日本は素晴らしい環境があるにも関わらずお金や仕事を心配し、子供や家族、つまり人口がずっと少ない。もしかしたら、人間が生を受け営む事は私達が考えるよりずっとシンプルな事なことなのかもしれない。

旅をする事で正反対の環境・物事を知る事ができる。
それは同時に、改めて自分達の在り方や過ごし方を一から見直す事ができる機会になる。

本当に私達にとって必要なことや、大切なことは何だろうか。